ピティナ調査・研究

ショパン国際コンクール(6)一次予選5日目 全体とディテールと

ショパン国際コンクール5日目

ここ数日で急に寒くなったワルシャワ。しかし一次予選最終日を迎え、会場の熱気は最高潮に。すでに結果は発表されましたが、最終日の印象的な演奏をピックアップしてみました。欧米で学んでいる中国勢が多い1日でしたが、全体像を捉える眼とディテールを見る眼を兼ね備えた演奏が続出しました。

(c)Wojciech-Grzędziński-NIFC1

76番ジー・ウ(中国)
ノクターンOp.62-1は静かに淡々と旋律が歌われる中で、ぴーんと張った最高音が印象に残る。テーマが繰り返しされる時はより表情豊かに。ディナーミクは幅広くつけないが、その中にある細かい層を意識することでエネルギーの高まりを感じさせる。再現部手前の幻想的な表現も秀逸。音の配分も良く整理されており、長い呼吸で落ち着き払った演奏。エチュードOp.10-1は不安げのない堂々とした演奏、Op.10-2は右の旋律の流麗さを強調する。舟歌Op.60は再現部手前のパッセージが静けさの中にきらめく湖面のように、そして充実したふくよかな表現の再現部へ。知的な作りと優れた和声感覚を持つ良いピアニストである。
※使用ピアノ:ヤマハ

77番イック・トニー・ヤン(カナダ)
ノクターンOp.27-1は和声の感覚が優れており、響きに透明感がある。素晴らしくゆったりとした流れの中で奏された。エチュードOp.10-7も雰囲気があり素晴らしい流れで軽やかな演奏。Op.25-11はディナーミクよりも和声進行の中にエネルギーの高まりを見出し、起伏豊かに表情をつくる。最後の和音は雄大に。幻想曲Op.49は序奏からドラマを感じさせ、主題の展開の仕方にも優れており、ルバートをかけたためらいがちな表情から次第にテンションが高まっていく様を一息に長いフレーズで捉えた。転調も音色に反映されており、コーダも過去を振り返るような表現で、ドラマ性の高い演奏だった。
※使用ピアノ:ヤマハ

(c)Bartek-Sadowski-NIFC1

79番チェン・ザン(中国)
ノクターンOp.62-1は響きをよく聞いて丁寧に弾いている。幻想曲Op.49は陰鬱な表情から始まり、主題の展開にともない音楽が次第に高揚していく様が、特に高音部に現れている。コラール風の中間部は和声の変化をよく聴いており、安定した拍感の中に微細な表現を詰め込んでいく。コーダまで説得力がある演奏。エチュードOp.10-10は軽やかに。最後はOp.10-1で、ノクターンOp.62-1の不協和音で始まったプログラムを、充実した安定感を持って締めくくった。※使用ピアノ:スタインウェイ

71番アレクサンダー・ウルマン(英国)
エチュードOp.10-5は非常にクリアで軽やか。Op.25-5はテーマが繰り返されるたびにペダルの入れ方や旋律と伴奏の配分を変えて、表情を豊かにつけていく。ノクターンOp.55-2は旋律の歌わせ方が上品で心にすっと溶け込んでくる。感情が高まっていく箇所も大げさになり過ぎない。装飾的な音型の入り方にも品があり、内声との配分も行き届いている。その上品さのためかスケルツォ2番はがんと迫りくるものはないが、全体として知的でよく神経が行き届いた演奏だった。
※使用ピアノ:ヤマハ

(c)Bartek-Sadowski-NIFC1

70番ヒンヤット・ツァン(中国)
ノクターンOp.37-2は3度が少しつぶれて聴こえる時があり、転調の時なども音の配分や音色の変化にもう少し配慮があるとよいと思われたが、心から共感していることが伝わってくる。エチュードOp.10-8は可憐な感じで、対してOp.25-5は冒頭からやや重めに始まり、モチーフが繰り返されるたびに表情を変えていく。バラード1番は序奏から第1主題の流れ、その後の展開も、丁寧に全ての表情や意味を考えようとしている。またディナーミクよりも、フレーズの運び方やイントネーションでテンションを高めていく箇所も見られた。非常に落ち着いたフィナーレで、構成がよく考えられ心に届いてくる演奏だった。
※使用ピアノ:ヤマハ

一次予選最後は日本人ピアニスト!

(c)Bartek-Sadowski-NIFC1

2番有島京さん(日本)
ノクターンOp.37-2は和声感があるがやや控えめで、音色の変化がもう少し大胆だと曲の妙味をより引きだせただろう。エチュードOp.10-5、Op.25-6も繊細に弾きこなす。舟歌Op.60はやや響きが混じり合い音の輪郭が曖昧になることがあるが、落ち着いた呼吸からふくよかな美しいフレージングで魅せてくれた。上品で清楚な佇まいが、ショパンの恋人だったマリア・ボジンスカに何となく雰囲気が似ているだろうか?
※使用ピアノ:スタインウェイ

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