ショパン国際コンクール(2)一次予選2日目
コンクール2日目を迎えたワルシャワ。朝晩は若干ひんやりするが、日中は温かく過ごしやすい1日。ホールの中では熱い競演が繰り広げられ、今日も絶品な演奏が登場!そこで「1フレーズの表情」「1曲の構成力」で印象的な演奏をピックアップしてみた。
1フレーズの表情をどうつけるか
26番ディナーラ・クリントン(ウクライナ)
ノクターンOp.48-2は非常に長く深い呼吸から生み出されるメロディは、歌のようにニュアンスに富みなめらかで、大人の円熟した美がある。一音一音に宿る様々な陰影、質感、色彩、温度を探りながら、テーマが繰り返されるたびに表現が変化していく。最高音の出し方も磨かれている。素晴らしい演奏!エチュードは粒立ちの良い音で隅々まで行き届いたOp.10-1、左手のメロディを生かしながら右手が控えめに軽やかに舞い踊るOp.10-2。スケルツォ3番op.39は、冒頭のユニゾンが深い問いかけのように始まる。中低音部の音の豊かさと多様さが奥行きを与え、それと対比するように、上から舞い降りてくる下行音型が強調される。一音一音の意味や価値を見出しながら、見事に全体が築き上げられた演奏だった。
※使用ピアノ:スタインウェイ(photo:Wojciech Grzędziński NIFC)
34番ケイト・リュウ(米国)
ノクターンOp.62-1は空(くう)を見つめ、完全な静寂に包まれながら、心の眼で音を探り当てていくように旋律が奏でられていく。ワンフレーズが非常に長く、その一息の中に様々な陰影やニュアンスが含まれる。音楽による瞑想のようである。21歳の演奏とは思えない。エチュードOp.10-2は重力を感じさせない軽やかさで、10-5は左手のアーティキュレーションを明確にして変化を出す。幻想曲Op.49でも鋭い音の感覚を発揮して、雑味のない洗練された音から深く弾力性ある音まで弾き出し、あらゆる幻想の断片を表現した。
※使用ピアノ:ヤマハ
27番小林愛実さん(日本)
ノクターンOp.27-1は左手のほの暗い表情が陰影の濃さを変えながら旋律を支え、細く長い糸のような右手の旋律が曲全体を貫き、途切れない緊張感を与えている。エチュードOp.10-4は落ち着いた曲の運び、Op.25-5はインテンポであると良いが、節回しに独特の感性をみせた。またスケルツォ3番op.39は第2主題の低音部の和声進行から様々な表情を読み取り、それが推進力となり、下行するパッセージは装飾的に奏される。繰り返されるテーマやパッセージに変化をつける工夫によって、この曲に生き生きとした生命が宿った。
※使用ピアノ:スタインウェイ (photo:Wojciech Grzędziński NIFC)
1曲全体をどう構成するか
20番アリョーシャ・ユリニッチ(クロアチア)
ノクターンOp.27-2は構成がよく練られた演奏。テーマが繰り返される毎に音色の広がりや表情の多彩さが鮮やかに表現され、静謐さと幻想の中で締めくくる。エチュードOp.25-6は上手に弾きこなしたが、Op.10-8はやや粗いか。バラード4番Op.52も構成が良く分かる演奏で、序奏から第1主題はさらっと始まり、第2主題の展開やたたみかけるようにコーダへ向かう表現にも工夫が見られ、最後は落ち着き払った和音で「おしまい」という感じで物語を終えた。
※使用ピアノ:ヤマハ
23番スーヨン・キム(韓国)
エチュードOp.25-7は右手の和音が安定した拍を刻んでいるが、もう少し控えめにして左手の旋律を支えられればよいだろう*。エチュードOp.25-5はさらりと美しく弾けており、Op.25-11は激情と繊細さが絶妙に入り混じり、半音階の音色の変化もきちんと感じ取って反映されていて会心の出来だった。バラード4番Op.52は第1、第2テーマを行きつ戻りつしながら、内省を経て華やかに展開していく。再現部手前も美しく、その後の展開を期待させる。全体的に構成が考えられていた。
※使用ピアノ:ヤマハ
25番木村友梨佳さん(日本)
スケルツォ2番op.31は流れるように一気に進められる第1主題、一転してトリオは音質を変え、間を上手に使いながら夢のような境地を創り出す。再現部は華やかに畳みかけるような疾走感を伴って展開された。ノクターンOp.62-1は冒頭から落ち着いた曲の運び、もう少しペダルに配慮すると響きに透明感が出るだろう。エチュードOp.10-5は安定したテクニックでブリリアントに、Op.25-10は力強いオクターブ連打に続き、美しく思索的な中間部を経て、最後は堂々とプログラムが締めくくられた。
※使用ピアノ:ヤマハ (photo:Wojciech Grzędziński NIFC)
晴れやかな笑顔でステージに立った木村さん。演奏を終えて、「笑顔を忘れないようにとステージに立ちました。ステージに出ていった瞬間も、曲間でも、ワルシャワの皆さんがとても温かく受け入れて下さるのが分かり、とても勇気づけられました。またショパンコンクールに向けて勉強する過程で、自分がどれだけショパンが好きかにあらためて気づかされました。」
フレーズを創ること、呼吸をして歌うこと
1フレーズは、深く呼吸をして一息で歌うのに似ている。その中にどれだけの表情を込められるだろうか。 ショパンと歌の結びつきは深い。彼の周りには優れた歌い手が多くおり、ショパンの初恋の人コンスタンツィア・グアドコウスカは声楽科の学生で、ショパン最期の瞬間を歌で見送ったと言われるデルフィナ・ポトツカ夫人も優れた歌い手であった。またポーランド人の詩をもとにした歌曲も17曲書いている。そのショパンが初めてパリ・オペラ座で聴いた声楽家について、以下のように書き綴っている。
「・・・マリア・マリブランはその妙なる声だけが印象に残っているが、だれも彼女のようには歌えない。奇跡的だ!世にも妙なる!ルビニィは素晴らしいテノールだ。彼は音をはずさないし、決して裏声は使わない。それに時として装飾音を長々と続ける。彼のメゾ・ヴォーチェは比べるものがない。」
- 訂正と補足をさせて頂きました。