ピティナ調査・研究

ショパン国際コンクール第三次予選・1日目

ショパン国際コンクールも早10日を過ぎ、ついに第三次予選を迎えた。このステージでは共通課題として幻想ポロネーズの他、ソナタが課される。一次・二次予選を経て、各ピアニストはここでどうプログラムを組み立て、どのような演奏をするのか。ピアニストとして、またアーティストとしての真価が問われる。

ところで1日のスケジュールは10時-14時半に4人(30分休憩有)、17時-21時半に4人(30分休憩有)。1日約8時間分のコンサートを聴くことになる!初日には早くも、会場を熱狂の渦に巻き込む演奏が登場した。

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photo© Narodowy Instytut Fryderyka Chopina

ブルガリアのエフゲニ・ボジャノフ(Evgeni Bozhanov)は、音楽の中で呼吸している。幻想ポロネーズは荘厳で神秘に満ちた序奏から始まる。ポロネーズのリズムが推進力となり、一瞬の緩みもなく、音楽が進んでいく。またppに対するp、pに対するmpの音量や音質、そこに込められた意味なども全て汲み取り、移ろいゆく心情のように微細に表現していく様は見事。しかし何と言っても、ソナタ3番には驚かされた。特に第3楽章は緩やかな緩やかなテンポで、ショパンが人生最期に見たであろう走馬灯のように、様々な記憶と感情が旋律に投影されていく。音と音、フレーズとフレーズの間には数年分の記憶が詰まっているかのように、一瞬一瞬が極度に凝縮されている。聴衆も完全に息を呑んで次の一音を待つ、そんな緊張感が会場全体に満ちていた。そして激しい第4楽章の後は、消えゆく意識の中で遠くから鳴り響く、懐かしい故郷のリズムを想像させるマズルカop.30-4。全て嬰ハ短調で揃えたマズルカはop.41-4、op.50-3で次第にワルツのような軽快なリズムになり、まるで幻のようなワルツop.64-3を経て、ワルツop.18では新たな生命の誕生を予兆するような希望に満ちる。その他ワルツop.34-3。(使用ピアノ:ヤマハ)

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photo© Narodowy Instytut Fryderyka Chopina

ダニール・トリフォノフ(Danil Trifonov)は音に対する鋭敏な感覚を持ち、圧倒的な美音は音楽を限りなく美しく見せる。幻想ポロネーズは荘重な面持ちで音も控えめに序奏が始まり、第1テーマのffまで長いクレシェンドで引き伸ばし極めて大きなフレーズで捉える。彼の頭の中で描いている音楽は空想の世界のごとく際限ない。楽譜の指示記号に従いつつ、そこから最大限の音響と表現の可能性を探っていく。特に第2部の幻想性は忘れがたい。最後は嵐のようなコーダで締めくくった。その他にソナタ3番op.58、即興曲op.29、op.36、マズルカ風ロンド、タランテラ。

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photo© Narodowy Instytut Fryderyka Chopina

ミロスラフ・クルティシェフ(Miroslav Kultyshev)は各曲のスタイルを把握するのが得意で、表現方法も洗練されている。幻想ポロネーズではルバートやアジタートもあまり誇張せず、冷静に音楽を進めていく。しかし第2部の不協和音、その中から聞こえてくる内声の旋律は、霧の中に差し込む光のように際立つ。ソナタ3番も練られた構成で、卒なく弾けている。一方、マズルカop.30はピアニスト自身の生き生きとした感動が伝わってくる。特にno.4は素朴な曲想でありながら、実に洗練された旋律とリズムの刻み方で、ショパンの研ぎ澄まされた美意識が反映されているようである。即興曲op.51、幻想即興曲。(使用ピアノ:スタインウェイ)

ポーランドのパヴェル・ヴァカレツィ(Paweł Wakarecy)は全体的に荒削りではあるが想像力に富み、楽譜の指示から音楽を膨らませていく。幻想ポロネーズは音の濁りが多かったものの、第2部のpiu lentoは祈りのような敬虔さがあり、最後のカデンツは悟りの境地を感じさせる。二次予選のマズルカの面白さから、三次では前奏曲op.28に期待していたが、もう少し細かい情景描写がほしかった。しかし余韻が残る人ではある。(使用ピアノ:スタインウェイ)

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photo© Narodowy Instytut Fryderyka Chopina

一方、中国のフェイフェイ・ドン(Fei=Fei Dong)は、音楽の大きさを本能で捉える力がある。幻想ポロネーズは頂点を中央に持ってくる。そのため再現部のfがffに、コーダのffがfのようになったが、物語の展開の仕方には説得力があり、最後の一音には全てが過ぎ去った後の残り香のように響いた。ソナタは3番を選曲。この壮大な曲と互角に対峙し、第4楽章においては少し手に余る印象もあったが、今後を期待させる。その他にアンダンテ・スピアナートと華麗な大ポロネーズ。(使用ピアノ:スタインウェイ)

レオノラ・アルメリーニ(Leonora Armellini)はショパンの素朴な歌心を表現する。一次・二次予選では自然な歌心を見せてくれたが、幻想ポロネーズはアーティキュレーションを明確にせず、もやのかかった音から浮き出てくるメロディラインが、幻想的・思索的に聞こえる。その他にソナタ3番、アンダンテ・スピアナートと華麗な大ポロネーズ。(使用ピアノ:カワイ)

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photo© Narodowy Instytut Fryderyka Chopina

クレア・ファンチ(Claire Huangci)は白いスリムなドレスで登場。ソナタ2番、3番と幻想ポロネーズという果敢なプログラム。澄んだ美しい音でどんなパッセージも鮮やかにこなす。時折フレーズとフレーズが有機的に繋がらず、意味が薄れてしまうことがあるが、ソナタ3番3楽章などは心地よい瞑想のような感覚を覚える。心の奥底をえぐり出すような第4楽章であればさらに3楽章が際立つように思う。全体的に、ショパンの美しい記憶の断片を見たような印象。(使用ピアノ:ヤマハ)

ジェイソン・ギルハム(Jayson Gillham)は、煌びやかなロンドから始まる。幅広いディナーミクを駆使して、細かい細工などはあまりせず、幻想ポロネーズ、ソナタ3番を大きく伸びやかに描く。前奏曲op.45も美しく仕上げる。(使用ピアノ:スタインウェイ)

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