ショパン国際コンクール第二次予選・5日目
フランソワ・デュモン(François Dumont)は、軽やかに呼吸するワルツop.42から。幻想曲やマズルカop.50はややフレーズの運びが滑らかでない箇所もあったが、音色やフレーズの配置に深い思考を感じさせる。本領発揮したのは舟歌。深海のように深い音で序奏が始まり、十分な間をおいて第1テーマへ。哲学的問答のように真剣に慎重にフレーズを配置していく。第2テーマ前では長い問いかけをし、思索的な静寂で応答する。その後、音に少しずつ光が差し始め、再現部前のパッセージは希望に満ち、コーダは悟りの境地に。ショパン晩年期の深い思索の日々が、彼の舟歌に投影されていた。その他にポロネーズop.53、即興曲op.51。(使用ピアノ:ファツィオリ)
ルーカス・ジャヌーシス(Lukas Geniušas)は対比の美しさをベースとした造形美が二次予選でも発揮された。ポロネーズop.44はカデンツの重みに対して、軽い左手の行進のリズムの上に右手のソプラノを硬質な音で響かせる。軽重のバランスで抑揚と奥行をつけていくのは舟歌も同じだが、こちらは再現部の解釈が今ひとつ 。しかし幻想曲においては、様々な質感を駆使して曲想を広げていく。音質の鋭さと柔らかさ、エネルギーの放出と抑制、それらが絶妙に溶け合い、自然な歌心とともに滑らかに繋がっていく。ワルツop.42は羽のように軽く横にスウィングし、op.34-3では軽快にステップを刻んでプログラムを閉じた。その他にマズルカop.59。(使用ピアノ:スタインウェイ)
インゴルフ・ヴンダー(Ingolf Wunder)は、スケルツォ4番op.54など長いフレーズで自然に歌う。奇をてらうような演出や誇張はなく、自然に忠実に曲想を捉えてきちんと描いていく。マズルカop.24はno.2でしっかりアクセントを付けてマズルカのリズムを刻み、内省的なno.1とno.4で挟む。アンダンテ・スピアナートと華麗な大ポロネーズは息が詰まるほどの集中力を見せた。その他に即興曲op.51、ワルツop.34-1(使用ピアノ:スタインウェイ)
アンドリュー・タイソン(Andrew Tyson)は一次予選で話題をさらった人物の一人。独特のスウィング感はどの曲を弾いてもにじみ出てくる。舟歌やワルツop.34-1はテンポやフレージングが独特で、マズルカop.59などもテンポを揺らす必然性がどこまであるのかと感じることがある。ポロネーズop.53は独特のロマンティシズムが迸る。基礎技術の上に彼の美学が貫かれており、新しい感性で捉えたショパンは新鮮である。その他に幻想曲、エチュードop.25-5。(使用ピアノ:スタインウェイ)
ポーランドのマレク・ブラハ(Marek Bracha)は、初期の作品を多く選択。煌びやかなロンドop.1を純粋無垢な音で表現、スケルツォ1番op.20には自然で素直な情感がにじみ出る。マズルカop.17も心にそっと寄り添うような慈しみと切なさ、心の機微を捉えるようなリズムと音色、そしてno.4では全てを思い出すかのような郷愁の念を感じさせて印象に残る。ポロネーズop.44はもう少し迫力が欲しい。その他にワルツop.34-1(使用ピアノ:スタインウェイ)
デニス・ジュダノフ(Denis Zhdanov)はバラード1番op.23などで呼吸が速くなることがあるが、マズルカop.56、ノクターンop.15-2などは持ち前の自然な叙情性が発揮され、美しくまとめた。ポロネーズを2曲選択、op.44は和音の連打が重く、op.53はフレーズの運び方がやや雑になることがある。しかし自然な歌心は素朴で好感が持てる。その他にワルツop.42。(使用ピアノ:カワイ)
マリアンナ・プリャヴァルスカヤ(Marianna Prjevalskaya)は二次予選初日の予定だったが、急病のため最終日に変更になった。とても繊細で内省的な音色を持つ。バラード1番op.23やポロネーズop.44ではそれが控えめな印象に繋がったが、前奏曲op.45やマズルカop.24はノクターン風に歌いながら、細部まで丁寧に表現する。マズルカop.24-4はテンポを落としコーダでは消え入るような音量までそぎ落とす。まるで命の灯火が消えるかのように内省的で深い思索を感じさせるが、もう少し呼吸があるとよいと思われた。その他にワルツop.34-1(使用ピアノ:カワイ)
シャン・トン(Xin Tong)は一次予選では好演奏をしたが、二次予選は様々な面での準備不足が惜しい。前奏曲op.28のような微細な表現の描き分けではなく、大曲の方が合っていたのかもしれない。その他に舟歌、ワルツop.18、マズルカop.17、ポロネーズop.44。(使用ピアノ:スタインウェイ)