ピティナ調査・研究

ショパン国際コンクール第2日目・午後

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2日目・午後はアジア勢、イスラエル勢、そして地元ポーランドという組み合わせ。
今や世界中で優れた指導を受けられる教育環境となり、Youtubeなど無料で音源共有するシステムも世界的に広まっている。演奏傾向が国を問わず均質化してきているといっても過言ではない。今回の参加者も技術的な差はさほどなく、多くは行き届いた表現を披露している。あとは、その表現したい世界をどこまで自分で描けるか。その点において、素晴らしい演奏が登場した。


17.00 - Da Sol Kim (Republic of Korea)
Fryderyk Chopin - Etude C-sharp minor op. 10 nr 4
Fryderyk Chopin - Etude B minor op. 25 nr 10
Fryderyk Chopin - Etude C-sharp minor op. 25 nr 7
Fryderyk Chopin - Ballade F minor op. 52
Piano: Steinway

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洗練された構築力と叙情性が同居するピアニスト。エチュードop.10-4は全ての声部が絶妙に配分され、短いエチュードを立体的に見せる。op.25-10も中間部のさらりとした叙情性と、絶妙な間を持たせたフレージングで意外性を演出し、こちらが思わず息を飲んでいるうちに、一気に嵐のようなコーダへ持ち込まれる。全体の輪郭と見通しがすっきり見えるような知的な構成力は、エチュードop.25-7とバラード4番でも発揮された。バラード4番ではテーマを描くソプラノを同じ音質で再現させるが、次第に厚みを帯びる内声が影のように音楽に陰影を与え、その影で蓄積されたエネルギーがコーダで一気に放たれる。3Dのような立体感ある見事な演奏だった。(写真© Narodowy Instytut Fryderyka Chopina)

17.30 - Soo Jung Ann (Republic of Korea)
Fryderyk Chopin - Etude C major op. 10 nr 1
Fryderyk Chopin - Etude A-flat major op. 10 nr 10
Fryderyk Chopin - Etude C-sharp minor op. 25 nr 7
Fryderyk Chopin - Scherzo E major op. 54
Piano: Steinway

濃ピンクのドレスで登場。指のバネと打鍵が強く、エチュードop.10-1, op.10-10も軽々こなす。op.10-10は後半で音質に陰りを持たせ、消え入るように迎えるコーダが切なさを演出する。エチュードop.25-7はあまり作りこまず自然な演奏。スケルツォ4番はバネのある打鍵でクリアに美しくまとめた。何でもこなせる技術を武器にさらに一歩踏み込んだ表現を期待したい。

18.00 - Ching-Yun Hu (Chinese Taipei)
Fryderyk Chopin - Etude C major op. 10 nr 1
Fryderyk Chopin - Etude A minor op. 10 nr 2
Fryderyk Chopin - Nocturne E-flat major op. 55 nr 2
Fryderyk Chopin - Barcarolle F-sharp major op. 60
Piano: Steinway

ノクターンは派手さはないが、そっと寄り添ってくるようなしとやかな情感がある。特に後半右手の内声の扱いは琴線に触れる。エチュードop.10-1は少しパッセージにぎこちなさが残るが、op.10-2は左手にユーモアを含ませる余裕が感じられた。舟歌は微妙なハーモニーの変化に敏感で、揺らぎの感覚が出ている。また再現部前の間奏のパッセージやコーダにも叙情性があり、全てが自然な流れの中で進行していく。静かながら説得力ある演奏だった。

18.30 - Naomi Kudo (Japan/USA)
Fryderyk Chopin - Etude C major op. 10 nr 1
Fryderyk Chopin - Etude A-flat major op. 10 nr 10
Fryderyk Chopin - Nocturne D-flat major op. 27 nr 2
Fryderyk Chopin - Scherzo C-sharp minor op. 39
Piano: Steinway

明るく強めの音質で、少し荒削りな部分もあるノクターンから始まった。やや緊張が見えたエチュードだが、op.10-1は身体を大きく使う彼女らしさが、4オクターブにわたるアルペジオに伸びやかに生かされていた。またぼーんと伸びる低音とよく響く高音が音楽に広がりを与える。そのスケールの大きさはスケルツォ3番に最も発揮された。テーマの扱いに工夫があり、後半piu lentoではテンポをかなり落として神秘的な空間を作り、少しずつ光を照らし出して劇的なコーダへ至る。変奏をしながら繰返されたテーマが、最後の対話を交わすような緊張感があり、興味深い展開だった。

2005年度ショパンコンクールでファイナリストになった工藤さん、本日の演奏の感想は?

「うーん、まだまだですね。(5年ぶりにこのステージに立った印象は)5年前に自分がここにいたことが信じられません。ショパンが好きだから、またワルシャワに来ました。今回は全く違うコンクールだと思って臨んでいます、プログラムも5年前とはかなり変えました」。

19.30 - Nimrod David Pfeffer (Israel)
Fryderyk Chopin - Etude C-sharp minor op. 10 nr 4
Fryderyk Chopin - Etude C major op. 10 nr 7
Fryderyk Chopin - Nocturne B major op. 62 nr 1
Fryderyk Chopin - Ballade G minor op. 23
Piano: Steinway

バラード1番は第2テーマの呈示でテンポを緩め、その対比で曲想の変化を印象づける。充実した展開部を経て再現部へ。全体的に多少雑になる箇所があるが、しっかりした構成の演奏だった。ノクターンは郷愁を誘う節回し。決して枠を逸脱するような大ぶりな演奏ではなく、あくまで構築した枠の中で自由に行き交う、そんな印象であった。

20.00 - Rina Sudo (Japan)
Fryderyk Chopin - Etude F major op. 10 nr 8
Fryderyk Chopin - Etude E minor op. 25 nr 5
Fryderyk Chopin - Nocturne E major op. 62 nr 2
Fryderyk Chopin - Scherzo C-sharp minor op. 39
Piano: Yamaha

須藤梨菜さんは、すでに国際コンクール上位入賞の常連。笑顔を携えて緑のドレスで登場。ノクターンは左手の充実した低中音域に、その上にソプラノが丁寧に響く。エチュードはどのパッセージも危なげなく、フレーズも大変滑らかで美しい。スケルツォ3番は自然で作りこみすぎず、水彩画のような清廉な印象がある。その分、ピアニスト本人が感じている感動がストレートに伝わってくる。(写真© Narodowy Instytut Fryderyka Chopina)

20.30 - Paweł Wakarecy (Poland)
Fryderyk Chopin - Etude F major op. 10 nr 8
Fryderyk Chopin - Etude A minor op. 10 nr 2
Fryderyk Chopin - Nocturne E-flat major op. 55 nr 2
Fryderyk Chopin - Scherzo B-flat minor op. 31
Piano: Steinway

ノクターンは間の取り方が独特で、それが効果的に音楽に推進力を与えている。スケルツォ2番は、思い切り背中を丸め、顔を鍵盤に近づけた状態で、そっとつぶやくように始まった。この第1主題についてショパンは「問いかけのように」と言ったそうだが、あまりにさっと過ぎるので問答のような深刻さはない。全体的にテンポが速く、さっとスケッチしている印象でもある。ただその中に様々な対旋律が浮かびあがり、音楽に奥行を与えている。

21.00 - Yaron Kohlberg (Israel)
Fryderyk Chopin - Etude A minor op. 25 nr 11
Fryderyk Chopin - Etude E minor op. 25 nr 5
Fryderyk Chopin - Nocturne D-flat major op. 27 nr 2
Fryderyk Chopin - Barcarolle F-sharp major op. 60
Piano: Steinway

舟歌は序奏に続いて、勢いよく第1テーマが始まる。第2テーマでは少し帆を緩め、軽く心地よい凪の状態へ誘われる。情景が思い浮かぶような演奏。ノクターンは打鍵が強く、叙情性よりも激情型。同じく激しい木枯らしエチュードは、もう少し繊細な陰影があっても良かったかもしれない。エチュードop.25-5は、繰返される付点リズムやアーティキュレーション、フレーズなどに細かい表現の変化を試みている(ただしvivaceではないが)。