ショパン国際コンクール第1日目・午後
第1日目後半は、午後17時に開始。前半に登場した日本人2名(峯麻衣子さん、佐野隆哉さん)に続いて、後半は野上真梨子さん、萬谷衣里さん、永野光太郎さんの3名が登場した。また今年初めて公式ピアノとして指定されたファツィオリがステージにお目見えした。さて、その様子は・・?
17.00 - Mariko Nogami (Japan) *スタインウェイ
Fryderyk Chopin - Etude A minor op. 25 nr 11
Fryderyk Chopin - Etude A-flat major op. 10 nr 10
Fryderyk Chopin - Nocturne E-flat major op. 55 nr 2
Fryderyk Chopin - Ballade F minor op. 52
可憐なピンクのドレスで登場。ノクターンは明るい音質でクリアに打鍵され、木枯らしエチュードは若葉が風に吹かれる様な爽やかさと勢いに満ちていた。バラード4番は第1テーマが変奏される度に慎重に音色に変化と深みが増し、次第に音楽にふくらみが出てくる。再現部で第2テーマが転調しながら上行していく際の質感の変化なども感じられ、よく配慮された構成感あるバラードだった。
17.30 - Daniil Trifonov (Russia) *ファツィオリ
Fryderyk Chopin - Etude F major op. 10 nr 8
Fryderyk Chopin - Etude G-sharp minor op. 25 nr 6
Fryderyk Chopin - Nocturne B major op. 62 nr 1
Fryderyk Chopin - Scherzo E major op. 54
今年初めて公式ピアノとなったファツィオリを使用。冒頭のエチュードop.10-8の煌びやかで軽やかなパッセージは、魅力的な音響である。ノクターンはがらっと印象が変わり、一転深淵な世界を繰り広げる。幻想性を意識した冒頭、序奏から第1テーマに入る間のさじ加減は絶妙である。その後もいきなりエネルギーが高ぶることなく、あくまで慎重に丁寧にフレーズを運んでいく。ディナーミクをあまり幅広くつけないのに、その中で表現される表情は豊かである。曲が向かう先を見据え、エネルギーが途中で途切れることなく、高い集中力で音楽が進んでいく。スケルツォ4番でも激情と静謐の間を上手にコントロールし、ピアノから幅広い奥行を引き出す技量も見事だった。
18.00 - Eri Mantani (Japan) *カワイ
Fryderyk Chopin - Etude C-sharp minor op. 10 nr 4
Fryderyk Chopin - Etude E-flat major op. 10 nr 11
Fryderyk Chopin - Nocturne B major op. 62 nr 1
Fryderyk Chopin - Ballade F major op. 38
エチュードop.10-4は右手ソプラノの響きがもう少し欲しいところだが、パッセージは綺麗にまとめる。ノクターンはlegatissimoやdolcissimoといった指示に忠実ではあるが、フレーズの流れに前向きの推進力が加わると、より美しさが伝わるだろうと思われる。バラード2番はpresto con fuocoの表現が控えめで、sotto voceとの対比がもう少し欲しかった。
18.30 - Anke Pan (Germany) *スタインウェイ
Fryderyk Chopin - Etude F major op. 10 nr 8
Fryderyk Chopin - Etude A minor op. 25 nr 4
Fryderyk Chopin - Etude C-sharp minor op. 25 nr 7
Fryderyk Chopin - Ballade G minor op. 23
エチュードop.10-8は若々しく溌剌とした音で、フレーズの収め方も可憐で魅力的。エチュードも簡素で着飾らない表現で、それはバラード1番でも素直な音楽の運びとなって現れた。ただこのバラードが展開する大規模なストーリーラインを、意のままに語るには音楽が少し大きかったかもしれない。
19.30 - Antoine de Grolée (France) *ヤマハ
Fryderyk Chopin - Etude G-flat major op. 10 nr 5
Fryderyk Chopin - Etude C major op. 10 nr 7
Fryderyk Chopin - Nocturne B major op. 62 nr 1
Fryderyk Chopin - Ballade F minor op. 52
バラード4番では練られた構成と独自の表現意欲を感じさせる。重心がうまく乗っていたら、さらにピアノから深い音色を引き出し、説得力が増しただろうと思われる。ノクターンは流麗にまとまった印象を残す。
20.00 - Sheng-Yuan Kuan (Chinese Taipei) *スタインウェイ
Fryderyk Chopin - Etude G-flat major op. 10 nr 5
Fryderyk Chopin - Etude A minor op. 10 nr 2
Fryderyk Chopin - Nocturne E major op. 62 nr 2
Fryderyk Chopin - Fantasy F minor op. 49
エチュードop.10-2は上行するパッセージに多少のバラつきがあったものの、卒なくまとめる。ノクターンで見せた長いフレージングは、幻想曲で効果を発揮した。呈示部から展開部への変遷や調性の変化などに配慮しつつ、音色をきちんと変化させながら音楽を進めていき、手の内に入った印象を残した。
20.30 - Kotaro Nagano (Japan) *スタインウェイ
Fryderyk Chopin - Etude G-flat major op. 10 nr 5
Fryderyk Chopin - Etude A-flat major op. 10 nr 10
Fryderyk Chopin - Nocturne D-flat major op. 27 nr 2
Fryderyk Chopin - Ballade A-flat major op. 47
バラード3番は、洗練された第1テーマの呈示に続き、第2テーマでは性格の違いを音色で表現。再現部も華やかさが加わって聴くものを惹きつける。黒鍵エチュードはややテンポを緩めてワルツのような軽快さを出し、エチュードop.10-10は夢見心地に誘う。対してノクターンはポリフォニックに響かせる。全体的に洗練されたアプローチの演奏だった。
21.00 - Jayson Gillham (Australia) *スタインウェイ
Fryderyk Chopin - Etude C major op. 10 nr 1
Fryderyk Chopin - Etude A minor op. 10 nr 2
Fryderyk Chopin - Nocturne E-flat major op. 55 nr 2
Fryderyk Chopin - Scherzo E major op. 54
大柄な身体から繰り出される迫力ある音量で、空間の広がりを感じさせる自然で大らかな音楽作りである。エチュードop.10-1は個性に合った選曲ながらアルペジオのパッセージがややぎこちなくなる、一方op.10-2は美しいフレーズを描いていた。またスケルツォ4番は第二テーマの優美さが際立つ。本日16人目、最後の演奏者に一際大きな拍手が贈られた。
21時過ぎ。ようやくコンクール初日が終了した。1日16人のショパンを聞くのはかなり大変!ではあるが、それぞれ異なるアプローチの音楽作り、打鍵、響き、個性があり、とても興味深い。基礎的な技術はどの参加者も一定水準を満たしており、一次予選としてのレベルは高いと言える。あとはその技術がどう有機的に表現に結びついているか、どのような表現を、どの程度(の強さで)目指しているのか。
かつて言われたような「大きい、速い」の時代は当に過ぎ去り、表現の深化が望まれる時代になっている。そのため、静けさの中での表現や緩めたテンポでの濃密な表現も少なくない。また美しさも表面的なものではなく、曲の理解に結びついた美しさであり、軽やかさであり、静けさであり、不気味さであり、華麗さ、が望まれる。中には、デフォルメもアートの一つとばかりに誇張した表現も見られたが、その程度はともかくとして、表現の可能性を押し広げる様々な試みが出てくるのは面白い。明日も多彩なショパンが聴けることを期待したい。