第19回 カスキを味わう
いらっしゃいませ。カフェ・モンポウにようこそ。
今日は、フィンランドの作曲家ヘイノ・カスキ(1885-1957,フィンランド)の澄んだ響きのピアノ小品をご紹介します。
巨星墜つ――1957年9月20日、フィンランド。人々に愛された作曲家ジャン・シベリウスが91歳の天寿を全うしました。ヘルシンキ大聖堂で大規模な国葬が営まれ、沿道はその死を悼む人々で埋め尽くされました。「フィンランディア」はフィンランド第二の国歌として愛唱されており、まさに文字通り国民的作曲家でした。
奇しくも、シベリウスの死とまったく日を同じくして、一人のフィンランド人作曲家がひっそりと旅立っていきました。シベリウスの弟子でもあったヘイノ・カスキ。享年72歳。シベリウスやパルムグレンに学び、ベルリン留学を経て、ヘルシンキの音楽教師として慎ましい生涯を送った人です。あこがれの恩師とほぼ同時に天に召されたのは、運命のいたずらでしょうか。
カスキの作曲したジャンルは、主に、「野の小川にて」「秋の朝」などと言ったタイトルのつけられた、叙情的なピアノ小品です。その作風は、どちらかと言うとポピュラー音楽寄りのきわめて親しみやすいもので、クラシック音楽界とはまったく別のところで、フィンランド人に愛されつづけている作曲家です。
カスキの音楽は、フィンランドでも通俗的な音楽として過小評価されがちでしたが、その真の魅力に光を当て、カスキ再評価の機運を高めたのが、ピアニストの館野泉さんです。館野さんは、フィンランド放送のスタッフからカスキの曲を紹介され、当初「『ありふれていてつまらない』と渋っていた」のが、「数曲をひいてみて新鮮な響きの発見に驚き、あとは自発的に、手に入る限りの譜を集めてみた」と述懐しています。こうして、館野さんの手により、カスキのレコードと楽譜が出版される運びとなり、フィンランドの人たちが、カスキの音楽に隠されていた新たな魅力に瞠目することとなったのです。
今回ご紹介するのは、そんなカスキのピアノ小品から、「夜の海辺にて」Op.34-1と、「カプリの春の朝」Op.25-3です。「夜の海辺にて」は、フィンランドでもとりわけポピュラーな1曲だそうで、たゆたうような分散和音に乗せて、孤独感を漂わせながら、ノクターン風の旋律が歌われます。中間部で高音域に輝くのは、水面に映る星空でしょうか?「カプリの春の朝」は、ドビュッシーの「アナカプリの丘」と同様、南国イタリアのカプリ島が舞台ですが、タランテラやナポリ民謡を用いてイタリアを描いたドビュッシーとは異なり、あくまでフィンランド人のカスキの感性で切り取った趣。明るく澄んだ朝の描写に、南国への憧れがにじみ出ます。いずれも、硬質で透明な、クリスタルのような音遣いに、カスキの個性が光ります。
カスキは、ピアノの高音域を多用して、光を感じさせる透明な響きを生み出しました。その光は、館野さんいわく「低く静かに射しこんできて万象を透明にみせてしまう北欧独特の光」です。私はフィンランドに住んでいないので何とも言えませんが、作品を実際に弾いてみると、肌に浸透する響きとともに、未知のはずのフィンランドの空気感や光景が朧げに浮かんでくるようで、不思議な感慨を覚えます。カスキやシベリウス、パルムグレンを弾きながら、いつの間にかフィンランドを旅しているような気分に包まれる――こんな体験も、かけがえのない音楽の愉しみのひとつです。
それにしても、透明な光にあふれたフィンランドの大自然、じっくりと味わってみたいものです。
ネットワーク配信許諾契約
9008111004Y31015