第17回 ブリッジを味わう
いらっしゃいませ。カフェ・モンポウにようこそ。
今日は、イギリスの作曲家、フランク・ブリッジ(1879-1941,イギリス)の、クールで叙情的なピアノ曲をご紹介します。
フランク・ブリッジ(1879-1941)は、ヴォーン・ウィリアムズ(1872-1958)やホルスト(1874-1934)らと同時代のイギリスの作曲家です。
ブリッジは、指揮者の父親からヴァイオリンの手ほどきを受け、ヴァイオリニストを目指しましたが、のちにヴィオラに転向、ヨアヒム四重奏団(1906)、イギリス弦楽四重奏団(~1915)などでのヴィオラ奏者として活躍しました。その傍ら、指揮者としても活躍し、サヴォイ劇場(1910~11)、コヴァント・ガーデン(1913)などでオペラを指揮したほか、ロンドン交響楽団などの主要オーケストラにも客演を重ねました。難解な演目も即座に指揮できる有能な指揮者だったため、指揮者ヘンリー・ウッドは、プロムナード・コンサートでの自身の代役に彼を指名したといいます。
このように、指揮者・ヴィオラ奏者として広く活躍したブリッジですが、作曲家としては不遇をかこちました。諸外国から孤立した島国イギリスの保守的な楽壇では、ブリッジの斬新な和声は理解されなかったのです。ブリッジは、ヴィオラ奏者として、ラヴェルやドビュッシーの弦楽四重奏曲のイギリス初演にかかわるなど、多くの先進的な作品に触れてきました。このような経験が、彼の創作に和声的な影響を与えたとも言われています。
ブリッジの音楽は、作品によって、ブラームス風だったり、ドビュッシー風だったり、ベルクを彷彿とさせるほど前衛的だったり、などと、がらりと雰囲気を異にし、同じ作品の中でもさまざまな書法が散見されます。折衷的などと評されますが、あらゆる書法に精通したその作曲技術は只者ではありません。そして、使われている書法はさまざまでも、全体を貫く響きは、いつも凛としたクールな叙情を湛えていて、それがブリッジならではの個性となっています。なお、彼の唯一の弟子であった作曲家ベンジャミン・ブリテン(1913-76)は、「フランク・ブリッジの主題による変奏曲」を作曲するなど、彼の作品の紹介に積極的に努めました。わが国でも、最近、ピアニスト舘野泉氏の復帰の契機となった作品(ブリッジ「(左手のための)3つのインプロヴィゼーション」)が話題になりましたが、ブリッジの音楽は死後評価を高め、今日のイギリスでは広く人気を博しています。
ブリッジの魅力は、主に、代表的な管弦楽曲「海」などでのオーケストレーションの色彩の妙で堪能できますが、ピアノ曲では、斬新な書法を展開した代表作ピアノソナタ(1921-24)のほか、多くのキャラクター・ピースを残しており、リリカルな佳曲の宝庫になっています。
今回ご紹介する「プリンセス」「心の平安」は、ともに、ブリッジの魅力をよく伝えている美しい小品です。
「おとぎ話組曲」は、「王女(The Princess)」「鬼(The Ogre)」「呪文(The Spell)」「王子(The Prince)」の4曲から成る組曲ですが、この曲が書かれた1917年は第一次大戦中で、おそらくブリッジは音楽を通じて現実から「おとぎ話」の世界に逃避したのだと思われます。「王女」はほんとうに可憐で愛らしい音楽ですが、ブリッジが切実に夢見た光景なのかもしれません。
高音部の鐘を思わせるような下降モチーフと、どこか懐かしい旋法的なメロディーの断片が交互に現れます。タイトルの通り、穏やかな気分に満たされた音楽です。
高次倍音を微かに重ねて、神秘的な響きが現出する場面などは、フェデリコ・モンポウを彷彿とさせるものがあります。作品によってさまざまな顔を見せるブリッジは、なんとも柔軟で面白い作曲家です。
皆さんもぜひ、このような隠れた佳曲を見つけて弾いてみてください。良い息抜きになるだけでなく、初見の練習にもなりますし、自分だけの「とっておきの名曲」をレパートリーに持っていると素敵です。IMSLPにはそんな楽譜が沢山眠っていて、それを発掘する愉しみも格別です。
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