ピティナ調査・研究

第14回 グラナドスを味わう

名曲喫茶モンポウ
14. グラナドスを味わう

いらっしゃいませ。カフェ・モンポウにようこそ。
今日は、グラナドス(1867-1916,スペイン)のロマンティックで即興的な魅力あふれるピアノ曲をご紹介します。

グラナドス
グラナドス
(1867-1916,スペイン)

  先日、ピアニストのアリシア・デ・ラローチャさんが86歳で亡くなりました。私も心から尊敬している音楽家で、実演で聴いた、芳醇なコクを湛えたショパンの味わいは格別でした。スペインの作品の紹介にも熱心に取り組まれ、特にアルベニスグラナドスをはじめとするスペインのピアノ曲の傑作は、ラローチャさんの生命力あふれるピアノによって、初めて息を吹き返し、その底知れぬ魅力が明らかになったと言っても過言ではありません。今日は、ラローチャさん哀悼の意もこめて、微力ながら、グラナドスの音楽の魅力をご紹介させていただきます。

 さて、スペインの作曲家の音楽には、フラメンコなどの民族舞踊のリズムや、民謡特有の旋法、粋な装飾が随所にあらわれ、エキゾチックな香りを漂わせていますが、音楽固有の性格、色合いは各々異なります。中でもロマンティックで親しみやすいメロディーをもつグラナドスの音楽は、歌ごころにあふれていて、聴く人を虜にするキャッチーな魅力が備わっています。カザルスはグラナドスを「私たちのシューベルト」と評したそうです。

 グラナドスは、スペインのカタロニア地方出身で、「スペインのショパン」などと呼ばれピアノの名手として名を馳せました。オーケストラの指揮も手がけ、カザルスと共演したりもしたそうです。コンポーザー=ピアニストとして自作曲を演奏し、次第にその作品も人気を博していきました。

 グラナドスは即興演奏の名手でした。新作ピアノ曲の自演リサイタルでも、すぐに譜面から逸脱して即興の翼をはばたかせ、譜めくり役の弟子を当惑させたと言います。通りで出会ったきれいな女性の印象を即興で奏でたというエピソードも残っているほどです。幸運なことに、ピアノ・ロールによる自作自演の録音が残っていてCDで聴くことができますが、ジャズピアニストを思わせるような、即興的な閃きにあふれた演奏を展開していて、実にスリリングで新鮮です。実際、その音楽も気まぐれで即興的な趣があり、ピアニストは、瞬間をフレッシュに聴かせる即興性が求められると思います。


アンダルーサ(祈り)

 「アンダルーサ(Andaluza)」は、アンダルシア風の意で、スペインの情熱の横溢する素晴らしい名曲です。ピアノでギターをかき鳴らすような効果を創出していますが、ギターにもアレンジされ良く演奏されます。

譜例

 ホ長調に転じる中間部の美しさは格別です。この曲には、「祈り(Playera)」という副題がつけられており、敬虔で心洗われるようです。

譜例
組曲「ゴイェスカス~恋するマホたち」より第4曲「嘆き、またはマハとナイチンゲール」

 「ゴイェスカス~恋するマホたち」はグラナドスの最高傑作と言われる大作で、スペインの画家ゴヤの絵画にインスパイアされて作られたものです。グラナドスは、ゴヤの絵画にえがかれる、マドリッドの下町のマホ(粋な男)とマハ(粋な女)の恋愛の一場面と、そこに漂う甘美でほの暗い官能に強く魅せられて、実際に作品を何点も所有していたほどでした。

 第4曲「嘆き、またはマハとナイチンゲール」は、一見、風変わりなタイトルのようですが、ゴヤは、「恋文、または娘たち」「時、または老婆たち」のように、絵画の主題と対象を、"o(または)"で繋げた表題をよくつけており、それに倣ったものと思われます。組曲中最もよく演奏される美しい音楽で、窓辺で物思いに沈むマハと、夜空で歌うナイチンゲール(夜鳴きうぐいす)の情景がメランコリックに描かれます。この第4曲は彼の最愛の妻アンパロに献呈されていますので、彼自身も愛着を抱いていたに違いありません。

物憂げな冒頭部分
譜例

この印象的なメロディーは、バレンシア地方の民謡が基になっているそうです。

譜例

ナイチンゲール(夜鳴きうぐいす)の鳴き声が夜の虚空に響きわたります。

譜例

 この「ゴイェスカス」は大変な人気を博し、オペラに改作されることになります。当初はパリのオペラ座で初演予定でしたが、第一次大戦の勃発にともない、1916年、ニューヨークのメトロポリタン歌劇場に場所を移して初演され、大成功を収めました。ホワイトハウスにも招かれるなど、アメリカで精力的に演奏活動を展開しましたが、スペインへの帰路で、乗船していたサセックス号が、英仏海峡でドイツ潜水艦(Uボート)に撃沈され、夫婦ともども海中で悲劇的な最期を迎えることとなります。作曲家に栄光をもたらした作品が、間接的に死をももたらすことになろうとは、何という運命の皮肉でしょうか。

 今日、多くのピアニストがグラナドスをはじめとするスペイン作品を演奏し、その魅力を享受できるのは、ラローチャさんの功績あってこそです。改めて、心からご冥福をお祈りしたいと思います。

参考文献:濱田滋郎著『スペイン音楽のたのしみ』音楽之友社、1982年
演奏・ご案内 ―― カフェ・マスター:内藤 晃

ネットワーク配信許諾契約
9008111004Y31015

調査・研究へのご支援