ピティナ調査・研究

第10回 グリフェスを味わう

名曲喫茶モンポウ
10. グリフェスを味わう

いらっしゃいませ。カフェ・モンポウにようこそ。
今日は、アメリカの作曲家チャールズ・グリフェス(1884-1920,アメリカ)の雰囲気豊かな音楽の世界をご紹介します。

チャールズ・トムリンソン・グリフェス
チャールズ・トムリンソン・グリフェス
(1884-1920,アメリカ)

 チャールズ・トムリンソン・グリフェス(1884-1920)は、35歳の若さで夭折したアメリカの作曲家です。「アメリカのドビュッシー」とでも言うべき存在で、精妙な響きに彩られた雰囲気豊かな作品を残しており、その早い死は「アメリカの受けた最大の音楽的損失」(ディームス・テイラー)として惜しまれました。
 グリフェスは、その短い生涯を通じて作風をドラスティックに変貌させていった作曲家でした。ベルリンに赴きフンパーディングに作曲を学んだ彼は、当初ドイツ・ロマン派の影響下の作品を書いていましたが、1911年頃から、ドビュッシーふうの印象主義的な音楽にシフトし、さらには、ムソルグスキースクリャービンらの語法や、東洋の音楽・音階までをもそこに吸収していこうとします。調性音楽の秩序が崩れ始め、新たな響きや秩序が求められていた時代にあって、グリフェスは、同時代の先輩作曲家たちの新しい語法を次々に取り入れつつも、それらをブレンドして独自の音楽世界を開拓しようと絶えず模索を続けていました。彼は、印象主義とオリエンタリズムを融合した独自の作風を確立しつつありましたが、志半ばで病に倒れてしまいます。当時大流行したスペイン風邪(インフルエンザ)でした。
 ところで、グリフェスが晩年、東洋の題材への傾倒を強めていくきっかけに、ある日本人との出会いがありました。
 1916年、ディアギレフ率いるロシア・バレエ団がアメリカを訪れ、新しいバレエに対する関心がアメリカでも高まりました。そんな中、グリフェスは、この一行の中にいたアドルフ・ボルムというダンサーと知り合います。まもなくボルムは独立してバレエ=アンティムという自身のバレエ団を立ち上げますが、その中に国際的な日本人ダンサーの伊藤道郎がいました。そして、翌年、ボルムの委嘱で、バレエ=アンティムの公演用に、日本風のパントマイム「Sho-jo(猩々)」を作曲することになります。
 作曲にあたっては、ボルムの紹介で、ソプラノ歌手エヴァ・ゴティエが日本で採譜してきた旋律集を基にしました。ここでグリフェスは、日本の絵画や版画にある無の空間のように、あいまいな背景の役割を果たす弱音器つきの弦楽器を用いることによって、東洋的な印象を生み出すことに成功しています。「Sho-jo(猩々)」の公演の成功により、グリフェスは引き続き伊藤道郎とタッグを組んで、「Sakura-sakura(さくらさくら)」の公演用編曲も担当しています。また、同じ頃、日本の詩による歌曲も作曲しており(「古代中国と日本の5編の詩」Op.10)、ダンサー伊藤道郎との出会いが、グリフェスに日本や東洋の題材への傾倒を促したに違いありません。
 グリフェスの音楽世界は、完成を見ることなく、確立の途上で散ってしまった感があります。しかし、その遺された作品からは確かなセンスの煌きが随所に感じられ、それがやがて時を経て結実し素晴らしい傑作が生まれていた可能性を思うと、その早逝が惜しまれてならないのです。


《 メモ 》

 グリフェスのピアノ曲は、きわめてオーケストラ的に書かれており、ピアニスティックな効果に乏しい点からも、初めからオーケストラの響きで着想されているのはほぼ疑いないと言えましょう。「白い孔雀」はグリフェスの代表曲で、作曲者自身により管弦楽編曲もなされていますが、管弦楽曲として全く違和感のない素晴らしい仕上がりで、ピアノ版より遥かに魅力的と言っても過言ではありません。オーケストラの音色をイメージしながら聴いていただければと思います。

夕べの湖(「3つの音画」Op.5より)
譜例

 「3つの音画」の3曲にはそれぞれ詩が引用されており、この「夕べの湖」には、アイルランドの詩人ウィリアム・イェーツ(1865-1939)の詩「イニスフリーの湖島(The Lake Isle of Innisfree)」の一節が掲げられています。

 ...for always...
 I hear lake water lapping with low sounds by the shore...
(いつも...湖畔に打ち寄せる低い波音が聴こえるから...)

曲全体を支配する「タ・タ・タン」のリズムは、湖の波音を象徴しているのでしょうか?

白い孔雀(「4つのローマのスケッチ」Op.7より)
譜例

  ローマの庭園で放し飼いにされている、真っ白な羽毛に覆われたシロクジャクの美しさに触れて着想された音楽。クジャクを描写しているというよりも、そのクジャクから受けた印象を漠然と音楽化しているような趣です。  ドビュッシーの影響が色濃く感じられますが、ところどころ英語的な抑揚を感じさせるあたりがユニークです。

(2009年1月16日 ユーロピアノ東京ショールームにて録音 [ベヒシュタイン使用])
参考文献  『ニューグローヴ世界音楽大事典』 講談社
岩田隆『ロマン派音楽の多彩な世界―オリエンタリズムからバレエ音楽の職人芸まで』 朱鳥社
演奏・ご案内 ―― カフェ・マスター:内藤 晃

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