第06回 メリカントを味わう
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今日は、フィンランドで今なお人々に愛されている作曲家オスカル・メリカント(1868-1924,フィンランド)の、輝かしい歌心にあふれるピアノ曲をご紹介します。
メリカントといえば、最近、ユニクロのCM(東山紀之さん出演)で「夏の夜のワルツ」が使われ、話題に上りました。この軽快で印象的なワルツは、夏の踊りの場の定番として、フィンランド人なら知らない人はいない、というほど、フィンランドでポピュラーな音楽となっていますが、他にも素敵なピアノ曲がいくつもあるのでご紹介したいと思います。
オスカル・メリカントは、シベリウス(1865-1957)と同時代に活躍したフィンランドの作曲家で、フィンランド国内ではシベリウスを超えて最も広く人々に親しまれてきたそうです。息子アーレ・メリカントも作曲家ですが、前衛的な音楽を開拓したアーレに対し、父オスカルは、ジャンルの枠を超えた美しい旋律に特徴づけられた、誰にでも分かりやすい音楽を書いて人気を得ました。彼は、作曲家としてのみならず、オルガニストやピアニストとして、また教育や評論の分野でも多彩な活動を行い、ピアニストとしては、とりわけ伴奏の分野で高く評価されていました。歌曲伴奏のスペシャリストとして、しばしば外国人歌手のフィンランドでのツアーに同行するなどしていたそうです。
メリカントの紡ぎ出す朗々とした美しい旋律は、イタリアのベルカントオペラやナポリターナの影響がよく指摘されます。彼はオペラの作曲にも情熱を傾け、3曲のオペラを作曲し、民族叙事詩「カレワラ」に基づく「北国の乙女」は、フィンランド語による最初のオペラとして歴史に名を残しました。しかし、今なお広くフィンランド人の心をとらえてやまないのは、親しみやすい歌曲やピアノ小品の領域です。彼のキャッチーな音楽は、そのシンプルな語法が芸術音楽と大衆音楽の架け橋となり、フィンランドの人々の日常に浸透しました。
彼のピアノ曲は、歌曲の発想による「無言歌」のスタイルをとり、シンプルな伴奏に乗せて旋律が朗々と歌われます。その北欧の叙情あふれるロマンティックな旋律は、北国の白夜の陽光を想い起こさせるような、輝かしい歌心にあふれています。
今回ご紹介する2曲とも、ABAのシンプルな3部形式をとり、素朴で美しい旋律が歌われる(A)と、ドラマティックに高揚する中間部(B)から成りますが、メリカントの典型的な作風です。中間部(B)の盛り上げ方には、オペラ的な発想も時折感じられます。
素朴で優しい旋律に漂うほのかな哀愁が胸を締めつけます。それにしても、なんと美しい旋律でしょうか!伴奏は極めて素朴なもので、その純朴な響きがなんとものどかな気分を誘います。
情熱を帯びた中間部。動的な3連符音型への移行は、効果的に高揚させる常套手段で、頂点の「叫び」への運び方はやはりオペラ的なものを感じさせます。
「ロマンス」の旋律もこの上なくロマンティック。甘く優しい旋律が心に染み入ります。
中間部の開始は、オペラのピアノスコアを彷彿とさせるようなトレモロ。弦のトレモロが、その後の劇的な盛り上がりを予感させます。
メリカントのノスタルジックなピアノ小品、ぜひ弾いてみてください。全音楽譜出版社から、舘野泉さん校訂による楽譜が出ています。
参考文献 『ニューグローヴ世界音楽大事典』 講談社
マイケル・トレンド著、木邨和彦訳『イギリス音楽の復興I』旺文社
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