第5回 ABC~放送局が築いた音楽文化~
オーストラリアの音楽を聞いてはみたいけれど、日本では情報が少ないし、CDも簡単に手に入らない・・・。ならば、オーストラリアのラジオ番組を聞いてみてはいかがでしょうか。日本にいながらにして、パソコンからインターネットでオーストラリアの番組を聞くことが可能です(2008年1月現在)。ここをクリックすると、飛んでいく先はオーストラリアの国営放送局ABC Classic FMのWebサイト。ページ左上の方にある「Listen Online」をクリック、そこから今放送中の内容や、過去に制作された番組のいくつかを聞くことができます。放送中の番組は「Listen Now」をクリックします。そこからReal PlayerやWindows Media Player、mp3音源を聞くためのソフトウェアを選択するように指示が出ますので、いずれかを選びます。ご自宅のパソコンがWindowsの場合、Windows Media Playerを選べばさっそく放送が聞こえてきます。
ABC Classic FMでは、さまざまなクラシック音楽が放送されていますが、オーストラリア作曲家の作品を日々無料で紹介しています。ですので、この連載でも取り上げたスカルソープやスィッツキーといった作曲家たち、またオーストラリアで活躍中の演奏家の奏でる音楽に出会うことが出来ます。
サイトから番組表を見ることもできます。ページの左上部分「Music Details」とあるところの上から3番目「Today」をクリックすると、今日の番組表が出てくるので作曲者と曲名をチェックできます。日本とオーストラリアは冬2時間、夏1時間の時差があるので注意して下さいね。夜7時までは、1時間毎に5分間のニュースが流れます。英語のリスニングの強化に努めたい方や、オーストラリアの「今」に関心がある方にとってもオススメです。
またサイトからは過去に特集した番組を聞くことができます。左端のところを下に見ていくと「Australian Music」や「Features(特集)」あります。ここからはAU音楽史や作曲家特集などの特集番組を何度も繰り返し聞くことができますよ。
こうした番組に世界中のどこからでもアクセスを許すABC、じつに太っ腹であります。そこには「AUの音楽事情はこうなっているのだ!」という発信の熱意のようなものを感じます。
ABC(Australian Broadcasting Corporation)はオーストラリア連邦政府が支える国営放送局です。上記のClassic FMのほか、AMラジオ、テレビの放送があり、また書籍・CD・DVDの出版、そしてその販売を行うABC ショップの運営もしています。
ですが、ABCの本当にスゴイところは、単なる放送局という枠を越えて、オーストラリアが国として音楽文化を形成しようとした時代に、まさにその中心的な役割を担ったというところにあります。1932年の設立以降、ABCが主力となって各都市にプロの放送オーケストラが設置され(メルボルン交響楽団やシドニー交響楽団などもその一つでした)、演奏会の模様がラジオ放送されるようになりました。
その立役者は、自身も指揮者であるバーナード・ハインツ(1894~1982)という人物です。ABCの総監督のポジションに就いた彼はヨーロッパやアメリカに出向き、ラジオ放送が音楽文化の向上に果たす役割を調査しました。彼の尽力のもと、戦後にはオーストラリアの6つの州都全てがプロオーケストラを所有することになり、アラウやギーゼキングといった世界一流のピアニストをソリストとしてヨーロッパから迎えられるようにもなりました。音楽的に後進国であったオーストラリアですが、オーケストラという演奏陣、放送網というメディアがここに整いました。しかし、そうしたインフラだけが整ったところで、国の音楽文化全体が充実するわけではありません。のちにハインツは、全国をまわっての学校コンサートにも従事し、新しい聴衆層そのものを育てることにも力を注いだのです。
1956年、オーストラリアは国の法律として、テレビ・ラジオ番組の5パーセントをオーストラリア人作品で占めるようABCに義務付けます。放送というメディアが誕生した20世紀のダイナミクスの中、ABCは作曲家・演奏家・聴衆の国内ネットワークを築き上げました。ABCのこうした一大プロジェクトなくして、オーストラリア音楽が現在のレベルに到達した過程を語ることはできません。ABCは音楽文化におけるメディア組織の役割を大規模に示した一例と言えるでしょう。