ピティナ調査・研究

第4回 調査はここから-オーストラリアン・ミュージック・センター

たたかえカンガルー
白い貝殻~オペラハウス
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オーストラリアのシドニーといえば、そのシンボルとも言えるのがシドニー・オペラハウスです。その真っ白い貝殻のようなたたずまいは、一度見たら忘れられない独特な風情。オペラだけでなく、シドニー交響楽団の演奏会、または2007年のAPEC会場となるなど、日々大きな催しもので賑わうスポットです。メインのコンサートホール内は、舞台をぐるりと囲む客席が、割と急斜面に設置されています。後ろの方の席を押さえると、舞台をはるか下に見下ろすような恰好になります(高い所の苦手な人は怖いかも)。以前、シドニー響のブラームスの交響曲の演奏会に出かけたとき、日本の交響楽団の定期演奏会などとははるかに違った雰囲気に驚きました。シドニーの聴衆の皆さんは、楽章間に拍手しまくり、演奏後にはただちにフラッシュを焚いて写真を撮りまくり、まるでお祭りのように盛り上がる雰囲気。皆、ちょっとドレスアップもしていて、演奏会を心底楽しんでいる様子が伺えました。

本気です、AMC
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さて、このオペラハウスからさほど遠くないところに「ロックス」と呼ばれる一帯があります。ここに、オーストラリアの音楽調査をするのに重要な場所、その名もオーストラリアン・ミュージック・センター Australian Musica Centre (以下AMC)があります。この施設の利用なくして私のこの連載も成り立たず。今回はここAMCのご紹介をしてみたいと思います。

AMCは一言でいうと、音楽専門図書館のようなところ。とはいえ、ここが普通の図書館や、日本の音楽研究の資料室などとひと味違うところは、資料の収集や利用者への貸し出しを行うだけでなく、楽譜出版から録音、販売、作曲家の自筆譜保存、研究者・教育者支援までを手がけていること。そして何よりそこはかとなく漂うそのパッション。ただ単に「音楽資料持ってるよ、使えば?」というのではなくて、「私たちがオーストラリア音楽文化をまとめてるんです!!」的な熱意が静かに立ち込めているんです。すごいです、本気です、AMC。

その一端は、AMCのホームページを見ていただいてもわかると思います。ここをクリックしてみてください。左上、「COMPOSERS」(作曲家)というところをクリックすると、およそ460名のオーストラリア人作曲家のリストが現れ、そこから各人の詳細情報(「Biography 経歴」からAMC所蔵の文献・スコア・音源情報までが一気にたどることができるようになっています。実はこの「Biography」に載っている情報については、AMCにご協力いただいて、翻訳版をピティナピアノ曲事典に反映させる作業を進めています。「ざっくり音楽史」で触れた作曲家らの情報を日本語でもご参照いただくことが出来ます。

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センターは、こうしたAU作曲家による12,500曲を越えるスコアを所蔵し、2,200タイトルを凌ぐ作品群を同センターレーベルVox Australisからリリースしています。利用者はこうした資料をセンター内で閲覧できる他、借りたり買ったりできます。何か質問があれば、専門の司書さんが電話・メール・直接窓口で親切に相談に乗ってくれます。一つ聞けば、五つ答えが返ってくるみたいな親切ぶり。これは演奏家や研究者にとって強い見方です。ただ、残念ながら、こうした徹底したサービスは、このセンターのメンバーにならなくてはなりません。会員種別は複数ありますが、一般個人は年会費70ドル(1AUドル=105円、2007年現在)。私は学生なので40ドルでした。日本からでも会員になれますが、資料の貸し出しは出来ないと聞きました。会員にならなくても、ホームページにあるアドレスにメールか電話一本で、CDや楽譜を買えるそうです。これも日本からでもOK。

キャリガンの功績
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Australian Solo Piano Works
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さて、AMCはオーストラリアのピアノ曲情報を入手するのに大変な貢献を果たしてくれます。 ここに一冊の本と4枚のCDがあります。本は「Australian Solo Piano Works」と題され、2006年末に第4版が刊行されたもの。ここには過去25年間に発表されたオーストラリア人作曲家286名による1199作品がカタログのように詳細なデータとともに紹介されています。

書誌情報: Carrigan, Jeanell. Australian Solo Piano Works of the last twenty-five years; Fourth Edition. Sydney: Australian Music Centre. 2006.

4枚のCDには、いずれもこの本の中でも紹介されているオーストラリアのピアノ作品が計43曲収録されています。これらはいずれも、ここAMCにより出版されており、購入することもできますが、センターで閲覧・視聴が可能です。演奏のレパートリーを増やしたい人や先生たちがいつでも利用できるようになっています。
この本の制作と演奏録音をおこなったのはオーストラリアで活躍するピアニスト・教育者、ジェネル・キャリガン(Dr. Jeanell Carrigan)さん。彼女はオーストラリアの数々の音楽大学や音楽機関でピアノを指導する中、ウーロンゴン大学での博士論文の研究でとりまとめたデータをもとに、このカタログを更新しています。作曲家の情報、各曲の難易度・演奏時間・出版情報・キャリガンさん自身によるコメントなどが詳細に付けられています(この内容も少しずつですが、ピティナ・ピアノ曲事典に反映させています)。

楽しいピアノ作品たち

4枚のCD「それでも私はハーモニカが欲しい・・・But I Want the Harmonica...」(VAST023-2)「スピンSpin」(VAST029-2)「「ピアノ・ゲームPiano Games」(VAST026-2)「ハンマード Hammered」(VAST027-2)はいずれもおしゃれなジャケットで魅力的。内容は1970年以降のオーストラリア産ピアノ曲ばかりが集められ、これが実にバラエティーに富んだ仕上がりになっています。シリアスで難易度の高い無調の音楽から、サロン音楽のような気楽な音楽、音数の多いジャズのような響きをもつ作品、ケージのプリペアドピアノを引き継いだ作風のもの、映画音楽のようにロマンチックで、でもどこか侮れない不思議な雰囲気を漂わせるもの、そして聞いていて思わず笑みが溢れてしまう「ズバリ教育用!」的なかわいらしい小品・・・。まぁよくぞここまで、というくらい多様性に満ちた作品集です。
一曲ずつ紹介したいくらいですが、ここでは私のお気に入りを二つだけ紹介してみたいと思います。

その1:ニゲル・セイビン作曲《もう一つの秋の様相

(詳しくはここ) オーストラリアといえば、南半球なので北半球の国々とは季節の移り変わりが真逆です。日本が冬のとき、こちらは夏。とはいえ、ユーカリなどの常緑樹に囲まれていて、ほぼ一年中景色が変わりません。また、冬と夏の気温さははっきりとありますが、春や秋の空気感というのはほとんど感じられることなく季節が変わってしまいます。セイビンは自分が作曲を学んだニューヨークの美しい秋に思いを馳せたのでしょうか。この曲をニューヨークの友人に宛てて書きました。静謐に、切なく。秋の空気のような音楽。

その2:アンドリュー・フォード作曲《8羽のオーストラリアの鳥、20世紀の音楽を発見》

8つの小品からなります。これ、全体のタイトルもおかしいですけど、個々の曲のタイトルになると、もっとおかしい。

1. エミューがアルバン・ベルクを真似る
2. オーストラリアヅルがバルトークのように振舞う
3. コトドリがリゲティに恋をした
4. オウムがアルヴォ・ペルトのために羽づくろい
5. ワライカワセミがジョン・ケージを想う
6. モモイロインコがぽかんとグラスを見つめる
7. ツカツクリがスカルソープに降参
8. ありふれたマイナがメシアンのものまね

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オーストラリアと言えば、実は鳥。カンガルーやコアラよりも、断然、鳥。彼らの存在感はものすごく、カラフルで大きな鳥たちがそこいら中にいて、ものすごく大きな鳴き声(というか雄叫び)を上げるので、朝なども叩き起こされる感じです。そんなオーストラリアの鳥たちが、20世紀の作曲家に恋したり、見つめたり。発想がすごい。
内容はというと、それぞれの作品が、それぞれの作曲家「っぽい」音がするんです。正直、笑えます。あ、そうそうペルトってそんな感じ、グラスはやっぱり繰り返しですか、みたいな。20世紀作品が好きな方にとっては楽しいですよ。ところで、先のカタログでこの曲の解説を見てみると、なんでも「これらの作曲家の特徴的な音使いが見事に提示されており、現代音楽の音や技術に興味をもつ子供たちのための、優れた教材」ということになっています。あ、そうですか。笑っていてはいけないのでした。本気なのです。ええ、優れた教材なのです。

その他まだまだ素敵作品がありますが、また改めてご紹介できればと思っています。上記の本とCDはいずれもAMCに日本から注文して購入できます。


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Australian Music Centre 基本情報
http://www.amcoz.com.au/
所在地:Level 4, The Arts exchange 10 Hickson Road THE ROCKS, Sydney, AUSTRALIA
電話 +61 2 9247 4677
一般向け開館時間:月曜~木曜、10時~17時

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