ピティナ調査・研究

II.マレーシア その1

アジアの音楽教育事情とピアノ Ⅱ マレーシア その1
安藤 博(正会員)(2018年10月記)

アジア各国音楽教育事情についての調査シリーズ、今回はマレーシアについて2回にわたってレポートする。

マレーシアの国土は、インドシナ半島の西側にちょうど像の鼻のように南に長く伸びているマレーシア半島の南半分(西マレーシア)、そして半島の東南に位置しているボルネオ島北部(東マレーシア)である。隣接国はマレーシア半島北側のタイと南端の島であるシンガポール、ボルネオ島南側のインドネシア、マレーシアに囲まれて海側に小さく位置しているのがブルネイ、さらにボルネオ島東側の海を挟んでフィリッピンがある。

ベトナム編でも触れたように、東南アジア諸国はほぼ全てが多民族国家と言って良いが、マレーシアはとくに複雑だ。単純にいえばマレー系(約65%)、中国系(約24%)、インド系(約8%)となるが、マレー系には各地方に居住する先住民も含まれる。さらに、マレーシアはイスラム教を国教としているが、基本的に上記の3民族はマレー系=イスラム教、中国系=仏教、インド系=ヒンズー教、さらにキリスト教を信仰する人たちも少なからずいるという。また公用語はマレーシア語で英語を準公用語とし、さらに学校教育では中国系は中国語、インド系はタミール語を学ぶので、国民全員がマレーシア語、英語、そして各々の民族の母国語を話すことができるという、稀に見るマルチ・リンガル国家ともいえる。こうした民族に由来する、宗教、言語、教育が融和というよりもむしろ並立している(列柱社会ともいうらしい)点もマレーシアの大きな特徴である。
なお、マレーシアは古くはポルトガルに支配され、19世紀から20世紀半ば過ぎまでイギリスの植民地となり(1824~1963)、一時(1942~45)日本の占領下に置かれ、その独立は1963年である。現在の政治形態は立憲君主制、イギリス連邦加盟国でもある。

マレーシアの国情については、下記に詳しい
マレーシア(ウィキペディア)

さらに、今回訪れた3つの大学をリポートする前に、マレーシアの教育制度についても簡単に触れておかなければならない。これが、わが国とはかなり異なっていて、ちょっと複雑でもある。

学校制度:6・5・2・3制

まず、小学校6年制、つぎに5年の中等課程(下級3年、上級2年)そして1年ないし2年の大学準備課程を経て、大学学部は3年間(理科系、医学系は4~6年)という制度である。また、小学校から各課程の終わりに教育省が作成した全国共通試験を受け、それにパスしないと上級学校に進めないシステムとなっている。
上級中等課程を修了した生徒たちは、教育検定試験(SPM)を受け、大学準備課程に進むわけだが、その課程には、1. 各中等学校に付設のForm 6(大学予備課程)、2. 特定大学が開設するMatriculation(大学入学許可)コース、さらに3. 留学を目的としたイギリスのGCE試験コースなどがある。そのいずれかを修了し、検定試験をパスしないと大学には進めない。

以上のポイントをまとめると下記のようになる。

  1. 小学校から、各課程修了時に全国共通試験があり、それにパスしないと上級学校に進学できない。
  2. 上級中等学校と大学との間に大学準備課程(1~2年)がある。
  3. 大学進学の前提として大学準備課程の検定試験にパスするか、あるいはマトリキュレーション・コースと呼ばれる、各大学が開設する基礎課程などを修了しなければならない。
  4. 大学進学前提要件には、検定試験結果のほか、英語の能力試験(TOEFLIELTS他)の結果も必須。
  5. (上記に触れていないが)マレー系学生への優遇(ブミプトラ政策)処置がとくに公立大学において大きな位置を占めている。
  • * マレーシアの教育制度については、前掲ウエブページの当該箇所参照。またより詳細な情報については下記が詳しい。ただし執筆されたのは2001年なので、現在とは多少異なる部分もある。(参考

以上のような前知識をもって、今回は首都クアラルンプールにある私立の総合大学、国立の芸術系大学、そしてもう一つはマレー系の学生しか入学できない国立の総合大学という各々対照的な特徴をもつ3つの大学を訪れたのだが、紙面が尽きてしまった。各大学の詳細なレポートについては、次回に譲りたい。

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安藤 博 Ando Hirohi
東京芸術大学楽理科卒業
前 国立音楽大学演奏部事務室・学長事務室室長
現在、タイ・バンコク市近郊のマヒドン音楽大学(College of Music. Mahidol University)客員教授としてタイ在住。
ピティナ正会員、日本音楽学会正会員