第19回:小池一幸さん(内藤楽器/山梨)
私たちピティナの活動は、各地域の音楽教室の先生方の熱心な活動によって支えられています。しかし音楽教室だけでは、地域固有の複雑な人間関係や利害関係が絡むことも多く、どうしても一丸となってまとまりにくいのが実情です。各支部が、活発に活動できているのは、黒子となって束ねることに誠心誠意尽くして下さる方々がいるからです。
私たちは、そのような方々を、「エリア・ミュージック・サポーター(AMS)」とお呼びし、これまでご一緒した取り組みを、この連載を通じて1年にわたりご紹介して参りました。その中には他の地域でも応用できる取り組みや、生徒集めの役に立つ数多くの情報が寄せられました。あまりに「いい話」でほろりとすることも・・・
ご紹介したAMSの人数は、2ケタに乗りましたが、調べれば調べるほど奥が深く、ご紹介したい方は増えるばかりです。今後もできる限りご紹介していきますので、地域の活動にお役立て願います。
引き続き、大内孝夫さんによるインタビューを通じたシリーズをお楽しみ下さい。
取材:大内孝夫
「営業は足で稼げ」という。私も若い頃、上司に言われた覚えがある。ところが営業にはほとんど出向かず店にいて、先生方からどんどん電話がかかってきて頼りにされている楽器販売のプロがいるとの噂を耳にした。会員数77名の山梨県で唯一のピティナ支部、甲府支部を運営する内藤楽器の小池一幸さんがその人だ。コロナ禍も落ち着いてきた折、久しぶりに現地に赴き、内藤貴氏社長にも加わっていただきお話を伺った。
今年は多くの支部でコンペが開催されました。甲府支部はいかがでしたか?
会場を押さえ、お弁当の手配なども万全に整えていたのですが、県と市から緊急事態要請が出され、中止せざるをえませんでした。お弁当などもすべてキャンセルすることになり、とてもやるせない思いをしました。それでも「課題曲チャレンジ」には大いに助けられました。40人以上が参加し、「できれば舞台がよかったけれど、参加できてよかった!」との多く声に、心が救われました。
それはよかった!コンペが中止になるコロナ禍で、先生方のご様子はいかがですか?
コロナ禍をものともせず、生徒を育てることに情熱を傾けている先生が多いです。そのような先生方からどれだけ信頼を勝ち取れるか。そこが勝負どころですね。
コロナとは関係ありませんが、ピティナの先生は、懐が深いです(きっぱり!;大内注)。これは・・・もう言っていいかな。私がまだ駆け出しの頃の話ですが、コンペとなると、事務局は「絶対間違えてはいけない!」とのとんでもない緊張感でその日を迎えます。よりによって私はその絶対やってはいけない間違いをしでかしたのです。そう、集計ミス! それによって、私は本来受かっていない生徒さんを合格としてしまいました。合格を喜ぶ生徒さんに一体どう伝えたらよいのかと真っ青の私。その私に、その生徒さんの先生は「誰だって間違いはあるもの。私がきちんと説明しておきますから大丈夫です」と毅然と仰いました。それ以降その話に触れることは全くなしです。日頃より支部の運営に熱いご指導を頂いている先生ですが、それだけではない、とんでもない懐の深さを感じました。
いい話ですねぇ。そのような振る舞いは中々できません。私なら冷静さを失い、怒鳴り声をあげて殴り込むかも(笑)
さて、少子化は地方で顕著です。それについてお感じになること、心掛けていることなどはありますか?
確かに少子化ではありますが、それ以上に中学生以降に続ける生徒さんが減っていることが心配です。昔は中学から本腰を入れる感じでしたが、今は見切るのが早く、もったいないですね。ですから昔は生徒さんに「一番大切なことは、続けることだよ」とだけ言ってきましたが、最近はそれだけではなく親御さんに「大人になったときに音楽が心の拠り所になり、心豊かな生活が送れるといいですね」と言い添えるようにしています。あと、これは福田専務理事の受け売りですが「将来立派な人間になるためにピアノを習いましょう」とも。何とか少しでも長く、ピアノを続けてほしいですからね。
私は著書『「ピアノ習ってます」は武器になる』の中で、ピアノは受験に直接役立つし、コンクール実績はAO入試などのアピール材料になるとお伝えしています。今の親御さんは少しでも偏差値の高い学校に行かせたいと必死ですから、そのあたりも訴求すると効果があると思います。
この本はうちの店でも大好評です。ピアノ学習の大きな援護射撃になりますね。
ありがとうございます。ピアノをうまく受験に結びつけられると、習う生徒も増えるし、長く続くようになるはずです。この本にはそのヒントが満載なので、是非うまくご活用下さい。AIやインターネットによる時代の変化への対応については如何でしょう?
私はどんな時代になっても変わらない価値があると思っています。いわゆる三カン、「感心(関心)、感動、感謝」です。音楽教育にはこれを育む力がある。楽曲や楽器の音色の違いに関心を持ち、さまざまな音楽に感動し、楽器に感謝し大切に扱う―――こうした心根は、物質的に豊かになればなるほど貴重です。つまり、ピアノ学習の価値は、これから益々高まるということです。
福田靖子先生の遺稿集『音楽万歳』に、次のような先生の言葉がある。「あなたは何のためにピアノを学ぶのか。人間性がすばらしいと言われる人間になってもらいたい。あの人変人ね、などとは間違っても言われてほしくない。」(注)―――親の思いは自然と子に引き継がれるものなのかもしれない。内藤楽器は明治35年(1902年)の創業。内藤社長も小池さんも「私たちは創業時の思いをつなぐランナーに過ぎない」と口を揃える。ピティナも然り、ということか。
穏やかな語り口で、静かに語る小池さん。しかしその胸の奥に秘められた音楽教育への情熱は、語り口から出る言葉の端々から、溢れんばかりに伝わってきた。
(注)『音楽万歳』P.72冒頭。一部文意を変えずに短縮、修正。
取材日:2021年11月5日