第18回:長谷川芳生さん(小川楽器/福岡)
私たちピティナの活動は、各地域の音楽教室の先生方の熱心な活動によって支えられています。しかし音楽教室だけでは、地域固有の複雑な人間関係や利害関係が絡むことも多く、どうしても一丸となってまとまりにくいのが実情です。各支部が、活発に活動できているのは、黒子となって束ねることに誠心誠意尽くして下さる方々がいるからです。
私たちは、そのような方々を、「エリア・ミュージック・サポーター(AMS)」とお呼びし、これまでご一緒した取り組みを、この連載を通じて1年にわたりご紹介して参りました。その中には他の地域でも応用できる取り組みや、生徒集めの役に立つ数多くの情報が寄せられました。あまりに「いい話」でほろりとすることも・・・
ご紹介したAMSの人数は、2ケタに乗りましたが、調べれば調べるほど奥が深く、ご紹介したい方は増えるばかりです。今後もできる限りご紹介していきますので、地域の活動にお役立て願います。
引き続き、大内孝夫さんによるインタビューを通じたシリーズをお楽しみ下さい。
取材:大内孝夫
福岡県柳川市。詩人北原白秋の故郷として有名だが、個人的には團伊玖磨作曲の合唱組曲『筑後川』のフィナーレ「河口」が印象深い。人口6万強のこの街に、83人もの会員を擁すピティナ柳川支部がある。人口減少が深刻で、音楽の普及はおろか、現状維持に汲々としている地域が多い中、この支部は活発だ。これだけのピアノ指導者が集結するからには、きっと他の地域にも参考になる取り組みがあるに違いない。残念ながら今回もオンラインだが、早速事務局の運営を担う小川楽器株式会社の長谷川芳生さんにお話を伺うことにした。
柳川支部の設立は2003年で18年目だそうですね。設立の経緯をお教えいただけますか。
小川楽器は、ヤマハ音楽教室と自店の音楽教室中心でしたが、人口減に伴って生徒が減り始め、「このままではいけない!」との危機感を持つようになりました。その中で、ピティナをお勧め下さる方がおり、検討するようになりました。
とはいえ、ピティナといっても、当時の柳川でピンとくる人は少なかったのでは?
そこは正直悩んだところです。でも全国大会を見に行き、ピティナは指導者にとってもプラスだし、何よりこれなら生徒に目標を持たせられる、と感じました。そこで「全国レベルの仕事を、地元柳川でやろう!」と意を決したのです。
会員を集めるのは大変でしたでしょう?
そうですね。まず身近なところで、小川楽器の講師の先生方に会員になるよう勧めました。子どもを上手にしたい、音楽を普及させたい、との思いは同じですから。今も会員の半分近くはうちの講師の先生です。あと、地元で評判の先生とコンタクトを取って、一人ひとりお願いして回りました。最初にお願いにあがったのが大牟田音楽家協会会長の木村法子先生。木村先生に支部長になって頂けたことで、その後お弟子さんなど様々な方をご紹介頂き、会員を増やすことができました。
地道な取り組みの成果ですね。ところで、小川楽器さんは「小川コンクール」を主催されています。今年も数日前に開催されたとか。
はい。これは支部設立の10年以上前からの取り組みで、2年に1度開催しています。今年は7月23日から25日まで3日間、約320名の生徒さんにご参加頂くことができました。仁田原祐さん(2008年第32回ピティナ・ピアノコンペティションG級金賞)はこの小川でクランプリを取り、ピティナに挑戦し優勝しました。そのときの喜びや思いが支部設立につながったと思います。小川だけではそこで終わりですが、ピティナにつながれば全国が舞台になる。
その他にもさまざまな企画をなさっていますね。
はい。やはり生徒さんに色々な発表の機会や選択肢を提供するのが地域に根ざす楽器店の使命だと思うんです。ですから、ピティナ会員やうちの講師以外の先生の生徒さん向けに「オンステージ」、ヤマハの生徒さん向けに「フレンドコンサート」、大人には「大人のためのオンステージ」などの発表の場をご用意しています。きちんと採算に乗せないと継続できませんから、すべて有料ですが、積極的にご参加頂き、喜んで頂いています。あと、表彰してあげることも大切で、生徒さんのモチベーションにつながります。順位ばかりではなく連続3回とか5回とか、頑張っている生徒さんは褒めてあげたい。
確かに褒められれば大人だって嬉しいです。私などはすぐ調子に乗りそう(笑) そういう意味では大人向けの企画もいいですねぇ。そういえば、九州の漁師さんでピアノ経験のない方が、50代で「ラカンパネラ」にチャレンジし、見事弾けるようになったという話を聞いたことがあります。
ああ、佐賀の徳永義昭さんのことですね。近いので、うちの「大人のオンステージ」にも何度かご出演頂いています。最近はコロナ禍の巣籠り需要か、大人がピアノをご購入されるケースも増えています。
それはとてもいい傾向ですね。大人にもぜひピアノの魅力を知っていただきたいです。最後に今後の抱負をお願いできますか。
全国で地域の衰退が深刻化していますが、それを少しでも食い止めることができるのは文化の力だと信じています。みんなに喜びを与えられますから。地域の音楽祭なんかもいいけれど、まずは第二の仁田原祐さんを柳川から出したいです。是非世界で活躍して頂き、凱旋コンサートを手掛けたい。小さな舞台からでも世界へ羽ばたけることを、多くの生徒さんに実感してもらいたいですね。
長谷川さんは、これまで信じて任せて下さった、と小川現会長に心から感謝している。任せる部下がいないと嘆く経営者、経営者が任せてくれないと嘆く部下は多いが、腹括りのいい経営者、それを意気に感じ期待に応えられる部下は中々いない。小川楽器経営陣と長谷川さんの織り成すハーモニーは、筑後川の河口からピティナを介し、世界に響きわたる。
取材日:2021年7月30日(Zoomによるオンライン取材)