ピティナ調査・研究

第7回:寅岡美里さん・矢部正浩さん(カワイ表参道/東京)

第7回:寅岡美里さん・矢部正浩さんカワイ表参道/東京

「音楽は世界の共通語」という言葉があるように、音楽はグローバルな視座で捉えられることが多い一方、民族音楽にはじまり、国歌、民謡、更には校歌に至る地域性も併せ持っています。音楽教室は、その地域の音楽を支えるコミュニティとしての機能が期待されているわけですが、音楽教室だけでその機能が果たせるわけではありません。そこでピティナでは楽器店や調律師など、「地域の音楽教育を支える存在」の方々を「エリア・ミュージック・サポーター(AMS)」とお呼びすることとし、AMSの方々と連携した取り組みを始めました。すると、次々と音楽教室の先生方に活用して頂きたい情報や、ピアノにまつわる深い~ぃ話が出て来るではありませんか。それらを是非先生方に知って頂き、お役立ていただきたいと考えました。AMSのみなさんの素晴らしい活動を、大内孝夫さんによるインタビューを通じたシリーズでお伝えします。

取材:大内孝夫


前回の富田林とは違った意味で珍しい地域組織がある。ピティナ表参道支部。傘下には、北海道から九州に至る全国最多の23ステーションが名を連ね、会員数は238名に及ぶ。早速お話を伺ってみることにした。

確かにこれだけ広域の支部は他にないかもしれませんね。この支部の最大の特徴は、“オールカワイ”で全体の盛り上げを図っているところです。私たち事務局は、普段メールや「支部だより」で定期的に情報配信を行うなど、支部全体の運営に集中する一方、全国のカワイ拠点がステーションをきめ細かくサポートしています。ですから、広域であると同時に、地域密着でもあるのです。

カワイには、ピティナ・コンペより遥かに古い歴史を誇る「カワイ音楽コンクール」がある。なぜ、あえてピティナに支部を創設する必要があったのだろう?

私たちにはカワイ音楽研究会というピアノ指導者の会員組織があります。会員はみなさん勉強熱心で、近年ピティナにも入会される方が多くなり、生徒をピティナ・コンペにもチャレンジさせたい、とのニーズが高まってきたのです。カワイ指導者が別々の支部に所属するより、1カ所に集約した方がカワイもサポートしやすく、先生方のお役に立てると考えました。

とはいえ設立当初は苦労が尽きなかったようだ。

表参道支部立ち上げ時の入会促進活動では苦戦し、ピティナ本部に何度も相談しました。色々なやり取りがある中で、金子勝子先生に初代支部長をお願いし、千葉や埼玉の有力なピティナ会員の先生にもご協力頂くことで、ようやく軌道に乗り始めました。

金子勝子先生といえば、2018年ピティナ特級グランプリ受賞者の角野隼斗さんをお育てになった先生だが、その遥か前から著名な方。インパクトは大きかった。

金子先生は存在だけで求心力がすごいんです。しかも気さくに、惜しげもなくご自身のノウハウを伝授して下さる。ですから、先生から直接指導を受けられる魅力は、入会の大きな動機になったと思います。

支部総会にて金子先生によるミニレクチャー
「コントロールのきく指づくり」

こうして苦労を乗り越えて生まれた支部。それはどんな変化をもたらしたのだろう?

ピアノ指導者も生徒も、挑戦する機会が増え、それが大きな刺激になって意欲や指導力、演奏技術の向上につながりました。しかし、何といっても一番大きいのは、我々カワイの人間の変化です。ピティナ会員の先生方と接するには、音楽的知識が必要になるシーンがありますから、それが自己研鑽に励む大きな動機となりました。またカワイがそれなりの規模の会社でも、ピアノの世界では所詮井の中の蛙に過ぎないと気付き、それが社内の意識改革につながりました。これは思いもよらぬ大きな成果です。またピアノ指導者、ピティナ、カワイそれぞれが双方向で情報を提供し合える関係にもなれました。今後の新たな取り組みにつなげていきたいですね。

支部会員のクチコミもあって、支部以外のピティナ会員の来店も増えた。もともと著名ピアニストやピアノ指導者の来店が多い店ではあるが、ピティナの役員や審査員などを務める先生方も加わることで、さらにサロン化が進んだ。著名なピアニストや指導者が店内でバッタリ顔を合わせ、そこから新しい企画が生まれることも。

またカワイ表参道の社員は教室への訪問担当と店舗担当が協力し合い、たとえ訪問担当がいなくても、来店された先生方をきちんとフォローできる体制が整っている。そんな店舗を預かる心強い存在のひとりが寅岡さんだという。

彼女の記憶力は凄いんですよ。私が直接担当する200人以上の先生の顔と名前をすべて憶えています。他の担当者や、それ以外にも多くの常連さんがいますから、500人を遥かに超える先生とつながっているのではないでしょうか。ですから、寅岡を通じて知らない先生同士がつながることも珍しくないのです。

毎年1月に開催している支部新年会

ピアノを習ったお陰で、記憶力はいいみたい(笑)これって案外お得です。例えば出産でお休みに入る前、来店される多くの先生にご挨拶できました。そうしたら、職場復帰した際にお祝いや育児のアドバイスを一杯頂けました。まるで家族みたいに。先生方の応援のお陰で、2人目出産の際は育児ノウハウ満載。復帰後もこうして支部の仕事を続けられています。

じつは寅岡さんが職場復帰する際、同店内のコンサートサロン「パウゼ」の甘利滋マネージャーから事前に先生方へ復帰の連絡が入っていた。そんな仲間の気遣いを知り、彼女は心を揺さぶられたという。

こうしたつながりの深まりから、デビュー20年を経たカワイの自信作、最高級グランドピアノ「シゲル・カワイ」を求めるピティナ会員が増えている。それもあってか販売は絶好調とか。自然と支部運営にも熱が入ろうというものだ。

カワイといえば、言わずと知れた大企業。しかし、それを動かしているのはやっぱり「人」。社員と指導者、社員同士、そしてピティナ本部と支部を支える人々。そんな温かい人間関係が、新たな物語を紡ぎ、企業も新たな姿をまとう。すべての基本は「人」にある。

(取材日:2020年1月16日)