ピティナ調査・研究

第6回:辻野文崇さん(富田林市文化振興事業団 すばるホール/大阪)

第6回: 辻野文崇 さん 富田林市文化振興事業団 すばるホール/大阪

ピティナでは「地域の音楽教育を支える存在」 の方々を「エリア・ミュージック・サポーター(AMS)」とお呼びしています。

みなさんのご活動から、地域の音楽コミュニティが、音楽教室の先生方ばかりではなく、楽器店のピアノ営業ご担当者、調律師、ホールご担当者、個人の資格で活動されている方々など、多くの音楽関係者に支えられて成り立っていることがわかります。そして、その方々の地域の音楽コミュニティを支え、活性化を図ろうとの意欲と熱量、それはまさに「半端ない」レベルです。

全都道府県に600余り、網の目のように張り巡らされたピティナ支部・ステーションとそのひとつひとつに起きるドラマ。このシリーズでは、各地のピアノ教育普及活動にお役立ていただくため、大内孝夫さんによるインタビューを通じ、そんなドラマをひとつでも多く、みなさんにご紹介したいとの思いを込めて追いかけます。

取材:大内孝夫


大阪府富田林市。南河内地方に位置し、南北朝時代の武将、楠木正成活躍の地として知られる。「楠公さん」―――地元の人たちは楠木を、親しみと敬愛を込めてそう呼んでいる。

ここに全国で唯一、公共ホールがピティナ事務局を担う組織がある。それが800席ほどの「すばるホール」を拠点とする、「ピティナ富田林すばるステーション」。

すばるホールでは、2010年より若手ピアニスト育成を目的とした「演奏家育成事業」に精力的に取り組んでいる。活動10年で、若手演奏家を数多く輩出して異彩を放ち、今やピティナ支部・ステーションに、その新たなあり方を示唆する存在だ。その立役者は、辻野文崇さん。

『ピティナには、私どもの「演奏家育成事業」に多大なご理解・ご協力を頂いています。たまたまなのですが、2003年のピティナ特級グランプリに輝いた関本昌平さんのお父様が、私の高校の先輩というのもご縁を感じます。

さて、私どもは「すばるイブニングコンサート」と銘打って、関西出身のピティナ・ピアノコンペ全国決勝大会入賞者によるコンサートを開催しているのですが、既に開催40回を超え、延べ2000人を超える方々にご来場いただいています。ステーションとしての活動はまだ3年ですが、その間開催した3回のステップは、いずれも約90名の定員が締め切り前に一杯になる盛況ぶりで、地域の音楽活性化に大きな手応えを感じています。』

ステップ打ち合わせ
すばるショパンフェスティバル

このイブニングコンサート出演者リストを見ると、酒井有彩、鯛中卓也、今田篤、梅村知世、東海林茉奈、三重野奈緒、太田糸音、三好朝香・・・ピティナ特級ファイナリストや国際コンクール上位入賞者がずらりと並ぶ。中身の濃さに舌を巻いた。

『ピティナ・コンペのいいところは、年代の近い子が順番に上がっていくことじゃないでしょうか。身近な存在だった先輩が、スターピアニストになっていくのを目の当たりにして、「私(ボク)も同じステージに立ちたい!」との気持ちが強まります。』

すばるホールが凄いのは、そのモチベーションを更に上げる取り組みを行っていることだ。

『ピアニストや大学の先生になった先輩たちには、「ピアノファンタジー」というコンサートに出演してもらい、最近ではオーケストラとの共演機会も提供しています。プロやオーケストラとの共演は、夢のようだと喜んでくれています。』

自分が目指す将来像がすぐそこにある。その人と連弾したり、直接教えてもらえたり―――これほど子どものやる気スイッチが入ることはないだろう。先輩が後輩を教え、後輩はやがて先輩となり・・・そんな連鎖が新たな連鎖を呼ぶ。

『子どもだけじゃないんです。「こんな素晴らしい経験ができて嬉しい。ありがとうございます!」なんてお手紙をくれる出演者も多くいて。そうすると、こっちだって思いっ切りスイッチが入っちゃう(笑)』

そんな生徒との絆が、辻野さんを特級ファイナルと表彰式に駆り立てる。

『どの級でも、すばるホールの出演者が頑張って表彰された時の笑顔を見るのが嬉しくて。あと、その時代を反映して、どういう子が受賞しているかも興味があるところです。それを敏感に感じ取って、ホール運営に活かしたい。』

2017年8月22日全国決勝大会表彰式
特級聴衆賞のプレゼンターを務めた辻野さん

すばるホールは、富田林市の団体ではあるが、南河内6市と連携し、毎年約2か月かけ、各地をリレー方式で結ぶジャズフェスティバルを開催している。多くのピティナ・コンペや国際コンクール上位入賞者を輩出してきた背景には、このように良好な、近隣との協力も関係ありそうだ。

『富田林は人口約11万人。これだけで何かやろうとしても限界があります。地元をより広く捉え、地域全体で活性化させないと。1人勝ちっていうのは必ずしも幸せな状況とは限りません。分かち合ってこそ、本当の幸せがある気がします。同じように、プロを目指す子どもを集め、実際にプロを輩出することは事業として重要ですが、それ以外の子どもにも集まってもらって、地域の音楽を担う大切さを感じてほしい。それが結果として、その子自身であったり、地域の幸せにつながるのではないでしょうか。』

辻野さんご自身も、3歳くらいから中学生までピアノを習っていた。そこで一旦中断したが、大学生時代にまた音楽が好きになった。その時、「もっとピアノを勉強しておけばよかった」「ピアノにはこんな楽しみ方があったのか」などと、ピアノの中断を悔いたという。子どもたちに、そんな思いはさせたくない。

おとみっくのセミナー

『この取り組みを行って約10年。もう、なのか、まだ、なのか・・・でも、演奏家育成事業がこの10年で成長し、新たな枝葉をつけたのは確か。その枝葉をどう成長させていくか。そこが重要かな。自分を頼りにしてくれている生徒がいる限り、まだまだ頑張ります!』

「演奏家×すばるホール×ピティナ」の三重奏が織りなす地域の絶妙なハーモニー。そこに聴衆をどう呼び込むか。そんな辻野さんの挑戦を、楠公さんが見守っている。

(取材日:2019年11月20日)

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