ピティナ調査・研究

第3回:石飛劉一郎さん(ピアノハープ社/熊本)

◆ 第3回:石飛劉一郎さんピアノハープ社/熊本)
「音楽は世界の共通語」という言葉があるように、音楽はグローバルな視座で捉えられることが多い一方、民族音楽にはじま り、国歌、民謡、更には校歌に至る地域性も併せ持っています。音楽教室は、その地域の音楽を支えるコミュニティとしての機能が期待されている わけですが、音楽教室だけでその機能が果たせるわけではありません。そこでピティナでは楽器店や調律師など、「地域の音楽教育を支える存在」 の方々を「エリア・ミュージック・サポーター(AMS)」とお呼びすることとし、AMSの方々と連携し た取り組みを始めました。すると、次々と音楽教室の先生方に活用して頂きたい情報や、ピアノにまつわる深い~ぃ話が出て来るではありません か。それらを是非先生方に知って頂き、お役立ていただきたいと考えました。AMSのみなさんの素晴らしい活動を、大内孝夫さんによるインタ ビューを通じたシリーズでお伝えします。
取材:大内孝夫

この8年で劇的に人生を変えた男がいる。石飛劉一郎さん。他業種の営業マンから、ピアノハープ社に転身し、今や所属会員100名のピティナ熊本支部事務局を切り盛りする、地域を代表するエリアミュージックサポーターだ。多くの先生方から信頼を集める一方で、転身直後から習い始めたピアノでは、わずか2年半でベートーヴェンの「月光」を弾いて県内コンクール優勝を果たし、今年はラフマニノフの「鐘」でグランミューズ部門に挑戦したコンテスタントでもある。彼を突き動かす原動力とは何なのだろう?

 石飛さんは小中学生時代、地元で有名なサッカー選手。早い段階からレギュラーポジションを与えられていた。そのため、50人近いJリーガーを輩出したことで名高い平岡和徳前監督の肝煎りで熊本県立大津高校に進学。当然プロのサッカー選手を目指していた。しかし、これほどの実力者でもプロの壁は厚く、高校、大学と進む中で挫折を味わう。とはいえそのチャレンジは、その後の太く、大きな道に通じていた。

『サッカーのシュートに百発百中はなく、むしろゴールを外すことの方が圧倒的です。しかも時間との戦い。「できるか、できないか」を考える暇はなく、ひたすら「やる」しかありません。だから監督からは、「1を聞いて10を考えろ」と言われ続けました。』

それがいつしか物事の本質を知ろうとする好奇心に繋がった。会社員になってからは、本質を知ろうと「なぜですか?」が口癖に。そして、深く理解した上で、「自分で考えて行動する」が基本姿勢になった。

どうやったら楽器は売れるのか?―――ただ売れればいいとは思えず、楽器を売る本質とは何か、まで突き詰めて考えた。自分で考えるだけでは限界を感じ、ピティナ船橋支部の田口博之さんに教えを乞うたこともあった。そして、その教えの通り「やる!」と腹を括れたとき、ようやく手応えを感じられるようになった。

 『私は、自分の人間性を育ててくれた恩師(平岡氏)のお陰で今の自分がある、と思っています。同じように、ピアノ学習をしている子どもたちには、将来、「ピアノ指導者のお陰で今の自分がある」と思えるようになって欲しいのです。そのためには、ピアノに真摯に向き合い、苦しみも感動も生徒と共有できる指導者を増やしていく必要がある、と考えるようになりました。ピアノの上達はもちろん、躾や日常での生活態度、感謝の心や自立していくこと・・・そうやって「ピアノを通して人間として成長する」ことこそが、ピアノを習う意義だと思うのです。そして先生だけではなく、それをサポートする私もコンクールやステップなどで同じ「目線」に立ち、思いを共有し、共感したいのです。』

石飛さんは、高校時代に監督から口酸っぱく言われたことを、今では心から感謝している。

『自分の息子たちが習っている指導者は、まさにそういうタイプの先生で、その凄さに触れて、思いを新たにすることがあります。そんなときは、私も親として先生に感謝したい気持ちがふつふつ沸いてきます。』

また昨年、こんなことがあった。

『ある指導者から「かつての生徒を石飛さんに紹介したい」と仰って頂き、お客様のご紹介を受けました。大変ありがたいお話ですから、その方が東京から帰省し、お客様として来店された際には、自分で考えられる限りの対応をさせて頂きました。すると、「先生が信頼している方だから」とのお言葉とともに、その場でグランドピアノを購入されました。しかも、これは後日談ですが、紹介を受けたお礼をお伝えされたようです。紹介して下さった指導者の方から連絡があり、「石飛さんを紹介してよかった!」とのお言葉を頂いたときの充足感は、何にも代えがたい宝物になっています。』

会員の先生と生徒さ んを 応援するために本選 会場に駆け付けた石飛さん

3年前、熊本は震災に見舞われた。「今、音楽か?」との思いはあったものの、即座に3人の先生に同行願い、会社の電子ピアノを積み込んで被災地に向かい、許可を得て食事をもらうための列のそばで演奏を行なった。被災者の受け止め方は様々だったと思うが、聴いて下さった方からの「ありがとう」のひと言に心が救われた。それがよかったのか、悪かったのか・・・今もその答えは見つかっていない。それでも、被災地にいながらも被災者ではない自分は、「やる」しかなかった。半壊した家の前で、あるお母さんが呟いた「早く娘にピアノを弾かせてあげたい」との言葉も胸に刺さる。その願いを叶えることこそ自分の仕事、と肝に銘じた石飛さんの「目線」は、自然と被災者の「目線」と重なった。

冒頭でご紹介したように、石飛さんはコンクールにチャレンジし続けるコンテスタント。なぜチャレンジするのか、石飛さんのお話をうかがって合点がいった。

2018年度、全国決勝大会進出者と喜びを分かち合う瞬間

失礼ながら、いかにもスポーツマンらしいがっしりした体躯と、それとは一見不釣り合いに思える人懐っこい笑顔。そんな石飛さんからの声なき声に、ハッとした。

「大内さん、学生たちのことを本気で思うなら、もっとピアノやフルートやらなきゃ!」

(取材日:2019年8月8日)

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