ピティナ調査・研究

第2回:伊藤倫子さん(和幸楽器/埼玉)

◆ 第2回:伊藤倫子さん和幸楽器/埼玉中央支部)

「音楽は世界の共通語」という言葉があるように、音楽はグローバルな視座で捉えられることが多い一方、民族音楽にはじまり、国歌、民謡、更には校歌に至る地域性も併せ持っています。音楽教室は、その地域の音楽を支えるコミュニティとしての機能が期待されているわけですが、音楽教室だけでその機能が果たせるわけではありません。そこでピティナでは楽器店や調律師など、「地域の音楽教育を支える存在」の方々を「エリア・ミュージック・サポーター(AMS)」とお呼びすることとし、AMSの方々と連携した取り組みを始めました。すると、次々と音楽教室の先生方に活用して頂きたい情報や、ピアノにまつわる深い~ぃ話が出て来るではありませんか。それらを是非先生方に知って頂き、お役立ていただきたいと考えました。AMSのみなさんの素晴らしい活動を、大内孝夫さんによるインタビューを通じたシリーズでお伝えします。

取材:大内孝夫


和をもって幸となす―――この楽器店の理念に共感し、地域の音楽コミュニティ作りに尽力されている方がいる、との噂を耳にした。その活動ぶりは、ピティナ埼玉中央支部の会員数220名余り、協力ステーション16という数字が如実に物語っている。事務局を担う和幸楽器(取締役会長 吉村義史様、代表取締役社長 吉村京夫様)の伊藤倫子さん、その人だ。さっそく彼女のもとを訪ねた。

 到着すると、入口近くに後ろ向きの中腰で、小さなお子さんをあやしている女性がいらした。背中越しに声を掛けてみる。
「あのー、大内と申しますが伊藤さんは・・・」
「あ、大内さんですか。お待ちしていました。伊藤は私です。」
こちらに向き直りながら、温かみのある声が返ってきた。しかも、優しく慈しむような笑顔。失礼ながら、「多くの先生方を束ねるリーダー」から私が勝手に抱いていたイメージとは大きく異なり、少し戸惑った。そんな私を見透かしたように、
「他の支部運営をうかがうと、女性の取りまとめ役は少ないようですね。ここは先生方がみなさん前向きで、私が無理にまとめなくて大丈夫。先生方から元気をもらう役回りです。」と語る謙虚な伊藤さん。

とはいえ和幸楽器にはヤマハ音楽教室とオリジナル教室の和幸音楽院もある。これらの講師の方々との兼ね合いは、さぞ大変だろう。

調律師としてピアノの構造について説明。

「ケースバイケースですが、生徒の成長に合わせてヤマハ、和幸音楽院、ピティナの先生、それぞれが響き合うんです。例えば3歳から始めて小、中、高と進み、音大に入って海外留学すれば、20年以上のお付き合い。その間には生徒本人がやめたくなったり、音大に進学すべきか悩んだり、生徒さんがより専門的に勉強したくなったり・・・色々なことが起こります。最初はヤマハで習っていても、音高や音大受験専門の先生に変わることがありますし、ピティナコンクールにチャレンジするためヤマハで習いながらピティナの先生にも習う、なんてことも。中にはピアノから作曲に、と専攻が変わる子もいたり。そんな時、この3つがループのようにつながって、相乗効果を発揮します。ピティナ会員のヤマハ講師が多いのも強みですね。」

このループに支えられて長い道のりを歩んだ生徒が、幼稚園から習って福田靖子賞を受賞したり、国際コンクールで上位に輝いたり。それらは、ピティナ提携コンクールとなっている和幸ピアノコンクール、ブルグミュラーコンクール、そして少しハードルが低いプレコンクールと、長年和幸楽器が熱心に取り組んできたコンクール事業の成果でもある。

入賞者記念コンサート後のパーティーにて魔女に扮する伊藤さん。

「コンクールでは、出場する生徒に『頑張ってね』とは言いません。頑張っている人に頑張って、は失礼だから。それで『いつも通りね』と。そしてうちは会長も社長も、みんなで応援します。結果が出ると、社長は落ちて元気のない生徒に向かって、明るい表情で『落ちてよかったね!』なんて声を掛けるんですよ。」

「え!?」思わず口を突いて出た。

「社長はよく、コンクールはどんなに努力しても実らないことがある現実を、人生の早い段階で知るいい機会と言っています。ウチは会長も社長も音楽家。会長は歌手の故藤山一郎さんのエレクトーン伴奏を長く務めた他、タイのプミポン国王の前で演奏したこともある実力派。社長は在京プロオケのファゴット奏者でした。ただそこに至る努力は凄まじく、道のりも平たんではなかったそうです。だから、厳しい現実を知ることも“大切な教育”なのです。」

どんなに努力しても実らない現実―――伊藤さんもその現実に打ちひしがれてきたひとりだとか。高3まで憧れの職業だったピアノ講師を諦めざるをえない事情が生じ、大好きなピアノを使う幼稚園の先生になったという。なるほど、それで冒頭のシーンに合点がいった。しかしその道も決して平たんではなく、専門学校に通い直して調律師に。さらにそこから楽器販売の世界に入った。しかし、今では幼稚園の先生、調律師としての経験が宝物になっている。子どもの生徒対応はお手のものだし、ピアノの構造を深く理解しているから、音が鳴る仕組みを誰よりもうまく説明できる。できるだけ内部が見えるように蓋を開け、取り出せるものは取り出して詳しく説明すると、電子ピアノの購入予定がアップライトを飛び越え、グランドピアノに切り替わることもままあるのだとか。

世間では「頑張ればきっと夢は実現する」という人がいる。しかし、多くの人にとっては、決して乗り越えられない壁がある。そんな時、「寄り道」も無駄ではないのかもしれない。「先生集め」、「楽器販売」で成功している伊藤さんの生き方は、そのまま先生方の「生徒集め」のヒントにもなりそうだ。

ステップ終了後に先生方と。

その伊藤さんの言葉の端々に感じられる、自分の見果てぬ夢を体現したピアノの先生方へのリスペクト。それが楽器店と先生方がハーモニー(和)を奏で、生徒に幸をもたらしている。伊藤さんの存在は、まるで化学反応の触媒だ、とひとりごちた。

(取材日:2019年6月4日)

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