ピティナ調査・研究

第1回:田口博之さん(伊藤楽器/千葉)

第一回:田口博之さん伊藤楽器/千葉

「音楽は世界の共通語」という言葉があるように、音楽はグローバルな視座で捉えられることが多い一方、民族音楽にはじまり、国歌、民謡、更には校歌に至る地域性も併せ持っています。音楽教室は、その地域の音楽を支えるコミュニティとしての機能が期待されているわけですが、音楽教室だけでその機能が果たせるわけではありません。そこでピティナでは楽器店や調律師など、「地域の音楽教育を支える存在」の方々を「エリア・ミュージック・サポーター(AMS)」とお呼びすることとし、AMSの方々と連携した取り組みを始めました。すると、次々と音楽教室の先生方に活用して頂きたい情報や、ピアノにまつわる深い~ぃ話が出て来るではありませんか。それらを是非先生方に知って頂き、お役立ていただきたいと考えました。AMSのみなさんの素晴らしい活動を、大内孝夫さんによるインタビューを通じたシリーズでお伝えします。

取材:大内孝夫


船橋駅を降りて数分。そこに伊藤楽器本店がある。中に入ると、
「前期はよく売れました。今までの前期の最高記録です。」
と、グランドピアノや高額のアップライトピアノが売れて、明るい表情の田口さんの姿があった。早々話を聞くことにする。その秘訣は先生方との絆にある、とのこと。

「私のお客様のピアノ購入は、ピアノの先生方からのご紹介がほとんどです」
と田口さん。しかし、楽器店は音楽教室も併設していて、地域の生徒集め、という点では街の音楽教室とライバル関係にあるはずだ。その点どうなのか?

「生徒集めという意味ではそうかもしれないですね。でも生徒を教えるには楽譜、楽器が必要ですし、生徒が少なければ発表会だって開けません。コンクールに関する情報や、指導スキル向上にも限界があります。でも私たちを介することで合同発表会ができますし、コンクールやスキル向上のセミナーにも参加できる。舞台袖で生徒さんに励ましの言葉もかけられます。ですから先生方が集まっているところに、私たちの仕事があると考えています。」

なるほど。伊藤楽器はピティナの支部運営にも携わっているが、もしかするとその理由もこのあたりにあるのかもしれない。しかし、手間暇が掛かり、時間の無駄と、支部をやめてしまう楽器店もある。

「それは仕事ですから、手間暇も時間も掛かります。でもデメリットはメリットにもつながります。例えば先生が集まって話せば、色々な意見が出てきます。面倒臭いから『それは無理』と言えばそこまで。でも、ひとつひとつ丹念に聞いてしっかり受け止め、ご要望にお応えすることで、先生方との信頼関係は高まります。どのようにして生徒を集めるか、自分の教室だけでは発表会ができない、指導法について悩んでいる・・・そんな諸々の相談のひとつに生徒のピアノ購入や買い替え相談があるのです。セミナーになかなか参加できない先生、コンクールに出場する生徒がいない先生など、色々な先生がいますが、みんな総会には出ようと思うようです。そんな先生にとっての「価値」も提供できている気がします。その価値が、何かのきっかけで絆になる、そんな風に思っています。」

先生方のニーズに応えるために、少人数で始めた合同発表会。今では100人以上の先生方の500人を超える教え子たちが参加し、6日間かけて行われる。すべて田口さんの司会による手作り発表会。すごい!

船橋支部総会の「お楽しみタイム」

「私はピティナの運営に携わっている楽器店は、単なる"モノ売り"ではないと思っています。」―――では何なのだろう?

「あえて言えば"価値売り"でしょうか。例えば楽器を買ってくれた生徒を先生と一緒に応援できますし、生徒がやめたくなったらそのサポートも。音大の先生の紹介だってできます。こういう楽器の値段やスペック以外の価値を提供できるところに楽器店の強みがあるのではないでしょうか。逆にそれができない楽器店の存在価値は、どんどん薄れていく気がします。」

家電量販店がピアノを売る時代、ネットで買える時代。確かにその通りだ。

こんな話を聞いた。数十年前、長く続けられるかわからないと考えたご両親が、今の値段で1万5千円くらいの中古オルガンを田口さんから買い、3年後にエレクトーンに買い替えた。何度かの買い替えがあり、その子はエレクトーン講師になった。やがて結婚して母親になり、お子さんのピアノを買いに来たという。開口一番、「私が音楽の道を真っ直ぐ進み、こうして娘にピアノを買ってあげられる日を迎えられたのは田口さんのお陰です」―――親から続く3代の縁(えにし)。こんな出会いを田口さんは、一期一会と言わず、"一期一生"と言い表した。ピアノ選びはお客さまやその子どもだけではなく、孫やその先にまで影響を及ぼす大事な仕事、との田口さんのこだわりが垣間見られる。残り時間も少ない中で、最後に田口さんのこれからの抱負を聞いてみた。

「伊藤楽器のキャッチフレーズは、"音楽は一生のお友達"。これは本当にその通りだと思っています。音楽の楽しみ方って色々あります。しかし"弾ける"ってとってもすごいこと。宝物、といってもいいと思います。そのきっかけを作ってくれたご両親、磨きを掛けてくださっている先生に、いつも感謝しながら一生ピアノを続けて欲しい―――そう心から願っています。ですから、もっともっと地域に密着していきたい。密着すればするほど楽器店の価値は高まると思うんです。まさにエリア・ミュージック・サポーター。そんな取り組みをしてみたい。あの人に相談したいと、先生方がいつでも来たくなる楽器店を目指したいですね。」

2002年1月20日、船橋支部初のステップで司会を務める田口博之さん。

田口さんはピティナの著名な先生のおひとりに、「わたしの音楽人生の中で最も感謝している三人のうちの一人」と言われたことがあるという。その言葉が田口さんの宝物になっている。田口さんを頼って県外など遠方からピアノを買いに来る方も多くいるそうだ。

一台の楽器・・・その楽器一台一台にドラマがある。楽器は売ったらそれで終わりではなく、売ったところからドラマは始まるのだ。"一期一生"―――言葉がきらりと輝いた。

(取材日:2019年3月18日)