ピティナ調査・研究

ストリートピアノがコミュニティをつなぐ(わたしのKeep On Music第27回)

わたしの Keep on Music
第27回 ストリートピアノがコミュニティをつなぐ
今井卓也さん(ストピリエゾン代表)

ストリートピアノの設置数が多い秋田県において、それぞれのストリートピアノを「つなぐ」活動を展開している団体、ストピリエゾン代表の今井卓也さんにお話を伺いました。もともとピアノ関係者ではない今井さんがこの活動に力を注ぐようになった背景、ストリートピアノを軸に育まれてきたコミュニティの力とはどのようなものでしょうか。

秋田県内に点在するストリートピアノをつなぐ

「ストピリエゾン」とはどのようにして生まれた団体ですか?

秋田県にはストリートピアノが非常に多く、人口あたりの設置数が日本一らしいと聞きます。「ストピリエゾン」の「リエゾン」はフランス語で「つなぐ」という意味なのですが、秋田県内に点在しているストリートピアノをつないで、SNSで紹介したり、イベントを開催したりするのがメインの活動です。

きっかけは「秋田市文化創造館パートナー事業2021」で「秋田市をおもしろくする企画」を募集していたのを見て、秋田市内のストリートピアノで出会った仲間と一緒に「ストピリエゾン」を結成してプレゼンし、パートナー事業に選ばれたのが、活動の始まりです。

今井さんご自身のピアノとのつながりは

私はピアノとは全く関係のない電気設備系の会社員をやっています。小学生の頃2年間エレクトーンの教室に通わせてもらい、楽譜の読み方と弾き方を教わりましたが、その後はずっと独学でした。結婚して引っ越した先の近所にピアノ教室があり、佐藤和穂先生(指導会員)のもとへ時々通うようになりました。ピティナのステップにも参加したことがあります。私は弾くのは好きでしたが緊張しやすいタイプで、2019年に秋田市の「エリアなかいち」という商業施設にストリートピアノができたのを聞きつけ、緊張に慣れるために会社帰りや休日に弾きに行くようになったのが、ストリートピアノとの出会いです。

そのうちに、緊張に慣れることよりも、そこで人に声かけてもらったり、拍手をいただいたり、色々と会話をしたりという魅力の大きさを感じてきて、これはちょっと面白いからどんどん広めていきたいなという想いが強くなって、市の企画にプレゼンするに至ったわけです。やっていくうちにどんどんつながりや楽しみが増えて行って、大げさかもしれませんが、三十数年間生きてきて初めて人生の生き甲斐みたいなものを発見した気がしました。

秋田県にはどのくらいストリートピアノがあるのでしょうか

私たちが動き始めた2019年の段階では3,4か所だったと思いますが、2022年には約20か所、現在では秋田県内に30か所ほどあることを把握しています。あくまでも情報が回ってくる範囲ですので、もしかしたらそれ以上にあるかもしれません。私たちはストリートピアノの「設置」や「管理」をしているのではなく、それぞれのオーナーの方が設置しているストリートピアノを「つなぐ」役割をしています。

秋田県内に点在するストリートピアノをつなぐ

どのようなイベントを開催されていますか?

「リレーコンサート」のようなものがメインです。オーナーの方と交渉して会場と日時を決め、SNSで演奏者と聴衆を募集します。当日参加も可能です。ピアノソロだけでなく、他の楽器や歌とのアンサンブルも可能ですし、年齢もジャンルも問いません。フリーに弾きつなぐコンサートというのが軸で、演奏順表に沿って演奏し、一度弾いたら次の人にバトンタッチ、また弾きたければ最後に回る、というシンプルなルールです。最初は募集してもなかなか集まらなかったのですが、先日5月に実施した時は30組くらいが弾きに来てくださり、SNSでもたくさんつぶやかれて、皆さんの理解や認知度が上がってきているという実感があります。

ストリートピアノは、誰でも好きな時にふらっと来ていつでも弾けるのが魅力ですが、その場で出会った人たちと、職種や年齢を超えて交流できるのが一番大きな魅力だと思っています。実はピアノが弾ける、という人との交流も嬉しいですが、ピアノを弾いたことがなかったという高齢の方が「この年になって、ずっと弾きたかったピアノが自分も弾けた。今はピアノが生き甲斐」と涙されるのを見て、ピアノが持つ潜在的な力を感じて感動することもありました。その方は度々ストリートピアノに設置した思い出ノートにも思いを綴られています。継続されているのもすごいことですよね。

ですから、色々な人にピアノを弾いてみて欲しくて、リレーコンサートとあわせて「はじめてさん対象のワークショップ」を行ったこともあります。クリスマスのイベントの時には、指1本で「We wish you a merry Christmas」を弾けるように教えてあげて、それに簡単な伴奏やギターなどをつけてあげました。指1本でも「この曲が弾けた!」「音楽になった!」という達成感の喜びは大きいのだなと改めて感じました。

また、7月1日にはホタルが美しいことで有名な「オープンガーデン森吉 森のテラス」という自然豊かな会場のピアノを活用して、リレーコンサートをして、暗くなったらそのまま皆でホタル観賞会をするというイベントも行いました。木の建築で、川の音や風の音を感じながら演奏することができるので、過去のイベントでも人気だったのですが、今回はせっかくなので夜にやりましょうと。当日は好天に恵まれ、たくさんのホタルを鑑賞することができました。人が集まりやすいとか、自然が豊かだとか、その場所のよさを生かしたイベントが今後もできたらと思っています。

イベントを開催することで、そういう「ピアノが好き」「弾いてみたい」という人たちと一緒に集まる場ができ、新しい出会いも生まれます。職種も年齢も様々なので、そういう機会がないと会うことのない人たちです。また、各地のピアノでイベントをすることで、色々な地域へ「ピアノを弾きに出かける」こともできます。「ここのピアノはどんな音色がするのかな?」という演奏の楽しみに加えて、道中の景色や旅先の美味しいものも知ることができて、ストリートピアノがなければ出かけなかったエリアの人々ともピアノを通じて交流ができて、自分の世界がずっと広がったことも大きな魅力だと感じています。

そのピアノの周りのコミュニティの人同士を「つなぐ」だけでなく、別のコミュニティ同士を「つなぐ」役割も果たしているのですね

はい。参加してくださった方がそれぞれSNSでつぶやいてくださったりするので、その様子を見て、また仲間が増えたり。そうした拡がりから、場所としての別のコミュニティをつなぐだけでなく、音楽以外の別の業種の方たちのコミュニティとのつながりもできてきました。クリスマス・マーケットのような「マルシェ」を運営する方が仲間に加わってくださり、「マルシェ×ストリートピアノ」のコラボイベントも開催するようになりました。

マルシェとのコラボもおもしろそうですね。

そうなんです。アクセサリーなどのハンドメイド品やコーヒーなどの販売、マッサージや占い、バルーンアートなど様々なお店が集まり、その真ん中にストリートピアノがあって、買い物したり飲食したりしながら聴いたり、弾いたり。弾く人も聴く人も買い物をする人も気軽に楽しめ、その場に滞在しやすくなるので、音楽と買い物や飲食とは相性がいいようです。

仲間に色々なジャンルの方たちがいらっしゃると、心強いですね

はい。マルシェの出店者の募集やレイアウト、ストリートピアノの設置や会場の装飾などもマルシェの方たちが手伝ってくださったからこそ成り立ちました。出店者の関係で、古民家カフェでコーヒーを飲みながらのリレーコンサートなど、新しいコラボレーションへと発展したりもしています。また、仲間にイラストレータの方がいらして、イベントのチラシやストリートピアノマップ、ルールのイラストなどをデザインしてくださるので、とても魅力的なものができています。ストピリエゾンのイベントは、「ピアノ」を軸に、色々なジャンル・エリア・年齢の方たちが協力し合ってできていることに心から感謝しています。

他の団体や地域とのコラボにも発展

資金面ではどうされていますか?

ストピリエゾンでは、ストリートピアノ自体を持っているわけではないので、管理費などはありません。イベントもこのような形で、SNSでの広報、各自の得意な分野の力を持ち寄って実施しているので、ほとんど費用はかかっていません。マルシェの時には少しずつ出店料をいただき、実費にあてています。

ただ、ストリートピアノはその性質上、どうしても状態が悪くなりがちで、修繕費が必要になります。「ピアノを直してほしい」という利用者のみなさんの思いを各オーナーさんにお話ししてみるのですが、なかなか費用を工面するに至らないこともあります。

先日あるピアノのサステインペダルの修繕のための募金活動をしてみました。ピアノに置かれた「思い出ノート」にも演奏した方々からの「ペダルを直して欲しい」という声がたくさん寄せられていたので、オーナーさんとご相談し、思い切って2万円を目標にSNSとポスターで募金を呼び掛けたところ、2週間あまりで目標を大きく超える約8万円の募金が寄せられ、同じ思いをした人たちがたくさんいたことに感動しました。残金は次に修繕が必要だった時に使えるようにする予定です。

このピアノはもともと、市民の方々がよく利用する広場に地元の商店街振興組合の方が置いたのが始まりで、設置するにあたり理解を得るのが難しかったそうですが、今ではまさに市民のピアノになってきたという感じがありますね。そうした一つ一つのピアノのオーナーさんと、そのピアノを取り巻く人たちの想いとをつないでいくのも、私たちの役目だなと感じています。

活動を始めてから、他のストリートピアノの団体との交流や広がりもありましたか?

はい、最も近い団体は、秋田県潟上市で活動している「Team Katagami Culture」という団体です。奇しくもストピリエゾンと同時期にストリートピアノの活動を始めていて、お互い新聞に取り上げられて知って連絡を取り、意気投合し、今では私も所属して一緒に活動をしています。Team Katagami Cultureの方は、佃煮店を営みつつピアニストとしても活動する千田浩太さんが実行委員長となって、『未来へ繋ぐピアノ』という潟上市のプロジェクトを運営しています。使わなくなった家に眠っているピアノを提供してもらい、ストリートピアノとして活用しようというものです。現在6台のピアノが設置され、潟上市のPR動画を作成したり、潟上市の鳥や名物を美大生がデザインしたペインティング・ピアノを作ったり、という活動もしています。こちらが潟上市を主体とした活動がメインなので、その他の秋田県内に関しては、ストピリエゾンが主体で実施しています。

また、ピティナ秋田ふきのとうステーション代表の近藤美穂子先生とも、ストリートピアノを通じて出会い、仙台市内でストリートピアノのイベントを展開されている、ピティナおりひめステーションの武内園子先生もご紹介いただきました。お互いに話もはずみ、東北全体でストリートピアノを盛り上げていきたいね、と話していて、こうした熱い想いを持った方と一緒にこれから何ができるかなと楽しみです。

この活動を知ってくださった方から、自分の地域でもストリートピアノを置きたいのだけど、というご相談もいただくようになり、秋田県内でもまだまだ未開拓のエリアにも今後広がりそうです。東京など県外からストリートピアノを目指していらしてくださる方も増えて、SNSでご連絡をくださり、お互いに往来して弾きあったりという交流も生まれました。

今井さんにとって、ストリートピアノの一番の魅力は「つながり」でしょうか

そうですね。ピアノは一人で弾いていても楽しいですが、やっぱり音楽ってみんなで聴いて初めて音楽になるな、みんなで共有するものだな、という想いがあります。音楽ってすごいなと思うのは、色々な肩書も超えて仲良くなれてしまうし、とても小さい子から90歳以上まで、一生長く続けていられるという点です。何歳であっても、人の一生のうちで、何かを発表し、達成感を味わう場があるというのはとても大事なことで、ピアノではまさにそれができます。そして、ピアノごとに違う音を持っているし、同じ1台のピアノでも弾く人によって音色も音楽も全く違ってくるのも、弾きあい、聴きあうことの面白さを大きくしてくれますね。

心温まる素敵なお話をどうもありがとうございました。

2023年6月1日・7月4日取材
取材・文 二子千草