ピティナ調査・研究

Vol.3 音楽の言語化を考える―調性感の表現を手がかりに(新しい生活様式のレッスン)

新しい生活様式のレッスン
Vol.3 音楽の言語化を考える―調性感の表現を手がかりに/森永美穂子先生(正会員/東京都練馬区)
「音楽と言葉」をレッスンで追及していく必要性を痛感

「音楽は心の言葉」と信じて、指導を続けてきました。生徒さんたちに対する言葉がけ次第で、生徒さんたちがどのようにでも伸びていくのは、誰でも経験したことがあると思います。

今回オンラインレッスンを行うにあたり痛感したことがあります。それは「伝えることの難しさ」でした。電波を通したレッスンで、どうやって音色やニュアンス、呼吸などを上手く伝えていけるのか。今までの対面レッスンでは、模範演奏や一緒に弾いてみることで、言葉にせずとも伝わることが多くあり、それが言語を超えた音楽という芸術のよい所でもあります。しかし、オンラインレッスンでは(もちろん対面レッスンでも必要ですが)、いつもにも増して、言葉で説明する必要があります。「音楽と言葉」のつながりを具体的に追究していく必要性をつくづく感じました。

各調性の性格の違いと音楽表現

そこで、レッスンのための1つのヒントとして、各調性が持つそれぞれの特徴を、言葉で表現するとどうなるかということ、すなわち「調性感の言語表現化」をテーマに、少しご紹介してみたいと思います。

ヘルベルト・ケレタート(1907-2007ドイツ)は、その著書「音律について」で、次のように書いています。

キルンベルガー※1はよい音律の第2の条件として、そして自分の音律の特徴として「各調性の多様性」つまり各々の調性が異なる性格をもつことを挙げている。キルンベルガーによれば、調性ごとの性格の違いは音楽表現にも役立つという。これに関して決まった法則はないものの、「慎重で正しい感覚をもった」作曲家ならば、各々の音楽表現に適切な調性を選ぶことだろう。※2

調性に色彩と感情を当てはめようとした音楽家の試み

ケルンで音楽活動を行っているウォルフガング・レンプフリードによる歴史的原典のコレクション※3では、調性に色彩と感情を当てはめようとした数々の音楽家たちの試みを垣間見ることができます。今回はそれに加え、現代に生きる我々の感性にも近いと思われる邦人作曲家を含めた4者による表現を一部ご紹介したいと思います。

C.D.シューバルト(1739-1791)

18世紀の詩人、音楽家。著書「音楽美学の概念」※4で、各調の性格づけを試みた。

ヨハン・マッテゾン(1681-1764)

作曲家であり、音楽理論家、作家、外交官といった一面も持つ。

マルカントワーヌ・シャルパンティエ(1643-1704)

イエズス会系の教会で楽長も務めた。

吉松隆(1953-)

「調性で読み解くクラシック」

形容詞の和訳には多くの可能性があり、今回のものは、その中から吟味抽出したものではありますが、私個人の音楽経験からの言語感覚が影響していることを予めお断りしておきます。

ト長調を例に4者の言語表現を比較する

指導例として、今年のピティナのコンペティションの課題曲であるベートーヴェンのピアノソナタ op.49-2 ト長調 第1楽章を挙げました。ここでは第一主題のト長調と第二主題のニ長調の記述を参考までに記載します。

【ト長調の性格】

あらゆる田舎風、田園風、牧歌的なもの、安らかな満足した情熱、元気づける友情と真実の愛に対する優雅な感謝。一言でいえば、あらゆる優しい穏やかな心の動きがこの調で的確に表現される。(シューバルト)※5

効果的で語るようなものが多くあり、華やかさも少なくない。勇敢な出来事よりも恐らく真面目でシリアスなことが起こっている。(マッテゾン)※6

甘い喜び。(シャルパンティエ)※7

弦楽器がよく鳴る、春っぽいサウンド(吉松)

【ニ長調の性格】

勝利とハレルヤ、戦いの叫び、勝利の歓喜。それによって交響曲の導入部、行進曲、祝日の歌、天まで届く歓喜の合唱。(シューバルト)※8

本質的に、やや鋭く気強い。学び、陽気に、好戦的で勇気励ますようなものごとに最も向いている。誰しもが、この調を、大人しいデリケートな物事に当てはめようとはしない。(マッテゾン)※9

喜び、そしてとても勝利に満ちて(シャルパンティエ)※10

神(Deus)を連想させる、祝祭的な響き(吉松)

展開部のニ短調、イ短調、再現部では、さらにハ長調の使用なども見られますが、スペースの関係で割愛します。

実際のレッスンでの言葉がけ

では私の場合、これらのことを踏まえて実際にレッスンではどのような言葉で話しかけているのかを、動画に撮ってみました。

ベートーベン:ピアノソナタop.49-2 第1楽章レッスン風景。小学3年生

冒頭の第一主題はト長調なので、楽譜には「自立、牧歌的、友情、穏やかな情熱」などの表現を書き込みますが、レッスンではそれを小学3年生の女の子がイメージしやすい表現に変えていきます。「季節は?どんな場面?」などと生徒に尋ねることで、「春っぽい。小川が流れて、ちょうちょうが飛んで、お花が咲いているみたい。」という生徒なりの想像力を引き出し、「お花が咲いているみたいに弾いてみよう」と演奏につなげていきます。また、同じト長調のバッハの曲を聴いてもらい、ト長調に共通するイメージも確かめてみます。

楽譜には、生徒が想像したイメージに沿ったやさしい言葉で書き込んであげます。例えば、第一主題には「春」や「花が咲いたよ」「あれ?見たことのない花だね」など。ニ長調に転調した時には、どんな色の花に変わったかを聞き、「オレンジ、ひまわり」などのイメージを、途中「青年期の臆することなく進む様子、歓喜」などの表現の箇所は、「花畑をいきいきと走り回る」などのイメージを、生徒と対話しながら書き込んでいきます。その結果、楽譜全体を生徒がイメージしたお話のように作られていきます。

生徒の年齢、性格に応じて、想像力を刺激する言葉を何通りにも変えていく

指導者として気をつけることは、調性感を形容する際でも、生徒の年齢、性格に応じて言葉を何通りにも変えていくということです。ただし、小さな子どもだからと言って、平易な表現のみ、というのではなく、相手の想像力を刺激する言葉が必要で、指導者側が語彙力と生徒さんに合わせた想像力を持つことが大切です。

指導者はどうやってそれらを磨けばよいでしょうか。簡単に言えば、日常の全てのものの中に、いつも感性を働かせていくことです。具体的には、「本を読む」「映画を見る」「舞台を観る」等々です。「子ども番組を見ること」「絵本を読むこと」「お笑い番組を見る」「漫才や落語を見る」こともお奨めします。

ドイツ語の表現の語彙ついては、例えば世界の名著を10分程度のレゴブロックの人形の劇にした動画なども活用できます。小学生向けですが大人も楽しめ、それだけでも語彙が増えて感性が刺激されます。インスピレーションを得ることが日々のレッスンに役立ちます。(参考

辞書で引いた言葉を更に辞書で引いてみるのも芋づる式に語彙が増えていくのでお奨めです。同じ調性の曲をいろいろ弾いてあげるのも、勉強になると思います。バッハの平均律やショパンのプレリュードは、24の調性を網羅していますし、スクリャービンに至っては、全く違う色彩感を持っています。

インスピレーションやニュアンスを言葉にするのはとても難しいことですが、レッスンでの言葉がけだけでなく、文字でしか伝えられない審査やアドバイスでも、「この子にはどんな言葉を選んで伝えたら届くだろう」と考えることは、とても楽しいことだと感じています。

  • Kirnberger, J.Ph.(1721-1783) :Die Kunst des reinen Satzes in der Musik,1774
  • Herbert Kelletat(1907-2007) :Zur musikalischen Temperatur 1990 シンフォニア
  • Wolfgang Lempfrid(1957-): KölnKlavier: Sammlung historischer Quellentexte,2000
  • Christian Friedrich Daniel Schubart (1739-1791):Ästhetik der Tonkunst, Wien 1806
  • Alles Ländliche,Idyllen und Eklogenmäßige, jede ruhige und befriedigte Leidenschaft, jeder zärtliche Dank für aufrichtige Freundschaft und treue Liebe, mit einem Worte, jede sanfte und ruhige Bewegung des Herzes läßt sich trefflich in diesem Tone ausdrücken.(C.D.シューバルト)
  • hat viel INSINUANTes(Eindringliches) und redendes in sich, er(d.h.die Tonart)BRILLIrt dabei auch nicht wenig und ist so wohl zu SERIEUsen(ernsthaften)als muntern Dingen gar geschickt.(ヨハン・マッテゾン)
  • Doucement joyeux.(マルカントワーヌ・シャルパンティエ)
  • Der Ton des Trimphes, des Hallelujas, des Kriegsgeschreis, des Siegsjubels. Daher setzt man die einladenden Symphonien, die Märche, Festtagsgesänge, uns Himmelaufaufzenden Chöre in diesen ton.(C.D.シューバルト)
  • ist von Natur etwas schaff und eigensinnig, zum Lernen,lustigen,kriegerischen,und aufmunternden Sachen wohl am allerbequemsten, doch wird zugleich niemand in Abrede sein, daß nicht auch dieser harte Ton, gar artige und fremde Anleitung zu DELICATEN Sachen geben könne.(ヨハン・マッテゾン)
  • Joyeaux et tres Guerier(マルカントワーヌ・シャルパンティエ)

「新しい生活様式」でのレッスンが試行錯誤でスタートしています。小さな気づき、失敗談、試行錯誤を含めた多くの情報・体験談をお寄せいただき、先生方お一人ごとのレッスンをカスタマイズするサポートができればと願っています。 「生徒に寄り添って、今できる、私なりの指導」を皆様と一緒に模索していきます。

  • 注)各事例を「推奨」するものではありません。また、各記事はその時点の状況です。

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