ピティナ調査・研究

丸の内GWミュージックフェスティバル2020の裏側(技術レポート)

特別レポート!
丸の内GWミュージックフェスティバル2020の裏側(技術レポート)

2020年5月2日(土)~4日(月)の3日間にわたり開催された「丸の内GWミュージックフェスティバル20202020」は、多数のアーティストの自宅とスタジオとを結び、ライブ配信をするという大型オンライン音楽祭となりました。一言で「オンライン」と言っても、実は多種多様な技術を組み合わせた、非常に挑戦的な試みでした。配信・編集担当として技術的な側面を支えた、この企画の影の立役者、特級ファイナル等の素晴らしい撮影でおなじみの林浩史氏(ビデオクラシックス)に、配信の技術的な裏側を教えていただきました。

  • 文中の番組名では敬称略とさせていただきます

今回のライブ配信では、「おうちとつなぐ」と言っても、技術的にいくつかのスタイルがあったように思います。どんな種類がありましたか?

今回の丸の内GWミュージックフェスティバル2020では数々の新しい試みにトライしました。ピティナのYoutube配信チャンネルを使用し、技術的には以下のことを行いました。

(A)zoomを使用した出演者とMCとのトーク
(B)事前制作動画の再生
(C)おうちからの生ライブ配信
(D)おうちからのリアルタイム・アンサンブル
(E)リモートアンサンブル動画の制作と配信

MCとアーティストとのトーク

30分あるいは15分刻みで、MCの飯田さんとゲストとのトークが次々に切り替わっていました。どのように操作されていたのですか?

メインのスタジオはピティナの本部に置きました。本来はスタッフも全員在宅でやるべきでしたが、それは無理でしたので、感染予防のため、本部の東音ホールには、ディレクタ、総合司会、タイムキーパー、配信担当、そして私の5のみが入り、それぞれ2mのソーシャルディスタンスで位置し、常にマスク着用、換気、アルコール消毒を行いました。

進行に応じてディレクタがzoomの表示画面構成の切り替え、入室者の許諾、ミュート、およびzoomのメッセージや不要な画面が表示されないように、ダブルモニタを利用、第2画面にて操作しておりました。次の出番のゲストは前の番組中にzoomで待機してもらいました。

現場風景
  • この方法での配信:「飯田有抄のトークコーナー」/全てのゲストとのトーク
(B)事前制作動画の再生

事前に制作された動画はどのように番組中に再生したのですか?

5月3日のガチャピン・ムックなどがそうですが、予め制作された動画を、mp4、DVD、Youtubeなどでいただき、再生動画再生専用パソコンを別途設置して再生しました。

  • この方法での配信:
    ズーラシアンブラス/ガチャピン・ムック(ゲスト:よみぃ)/黒木雪音/古海行子/亀井聖矢/角野隼斗/東京交響楽団/伊賀あゆみ&山口雅敏/マシュー・ロー
(C)おうちからの生ライブ配信
5/2 おうちからショパン(東海林茉奈)動画
5/3 大合奏の魅力(オーケストラ)(水谷晃)動画
5/4 ブリリアント・ピアニスト(太田糸音)動画

zoomでのトークの後の、アーティストの自宅での演奏の生ライブ配信は、zoomとは違う音楽クオリティを感じましたが?

zoomやその他遠隔会議アプリは、会議用(人の声)に最適化されているため、音楽を伝える音にはなっていません。(低音カットのキンキンした音、音の取り合いによる音消え、音揺れなどの不安定さがあります)

そこで、生ライブの部分だけ、配信アプリである
(1)LINE LIVE
(2)Youtube配信
をいったん受信し、ピティナYoutubeチャンネルに“再”配信する、という手間をかけました。

(2)のYoutube配信は、ステレオ音声で、画質・音質ともにハイクオリティなのですが、チャンネル登録者数1,000名以上かつ、それなりのシステムと使いこなしが必要なので、できるアーティストは限られています。

それに対して(1)のLINE LIVEは他のアプリに比べ、音楽が伝えられるレベルの音で、映像と音のズレもなく、設定が最も簡単だったので、その他の生ライブ配信に使用しました。

本部スタッフ牧田より
よみぃさんの枠ではYoutube Liveのストリームキーをお渡しし、司会の飯田さんが配信にお邪魔するような形式にするなど、様々な形式で在宅ライブのリレーを繋ぎました。各地からの演奏を1つの配信に収めることは、「リモート演奏会」を1つの形として発表できたと思います。
配信ソフトはOBS(Open Broadcaster Software)というPCアプリを使いました。同じPCのブラウザでLINE LIVEを閲覧、取込すれば今回の配信と同じようにリモート演奏会の配信ができますので、演奏会の輪を広げていってほしいです。

LINE LIVEでの配信の方法、成果は?

ブリリアント・ピアニスト(森本隼太)動画

アーティストはピアノの近くにスマホ1台を置きLINE LIVEで配信を行いながら、別のパッドやPCで立ち上げたzoomで司会者とトークします。zoom とLINE LIVEとの切り替えは本部の方で行いましたが、LINE LIVEとzoomの間にタイムラグがあるので、演奏開始まで少し時間を置くという“10秒ルール”をアーティストにお願いし、スムーズな切り替えを心がけました。

実は今回、最もアクセス数が多かったのが、この手法を使った「若手ピアニストによるおうちから生ライブ」コーナーでした。スマホ1台による撮影ですから画質も悪く音もモノラルで貧弱ですが、そうしたことを超越した、若者たちの、この状況だからこその真摯な演奏に心打たれる人が多かったようです。また、普段見ることができないアーティストの表情やしゃべり、そしてピアノ部屋を垣間見ることができる、というのが魅力だったようです。

出演者の使用スマホ、設置状態、部屋のネット環境、そして時間によっても、映像のクオリティがかなり違い、残念ながら音割れしたり、ノイズが乗ってしまった奏者もいて(リハーサル時は問題なかったのに!)、我々の力不足を申し訳なく思うことありました。まだ解決すべきことは多々ありますが、実りある成果だと思っています。

LINE LIVE配信の構成
  • LINE LIVEでの配信:
    水谷桃子/東海林茉奈/三好 朝香/中川真耶加/沢田 蒼梧/みやぞん/片山柊/黒木雪音&古海行子/山﨑亮汰/水谷晃/亀井聖矢/太田糸音/森本隼太/伊賀あゆみ&山口雅敏
  • Youtubeでの配信:よみぃ/角野隼斗/小原孝
(D)おうちからのリアルタイム・アンサンブル
黒木雪音&古海行子の生アンサンブル動画

奏者2名でのリアルタイムでのアンサンブルは、どのように実現したのでしょうか?

(C)は奏者1名ですが、リアルタイムのアンサンブル配信にも挑戦してみました。
現在の会議アプリでは限界があるので、今回は既存のアプリを下記のように組み合わせてトライしました。

(1)奏者同士はzoomで接続。イヤホンでzoomの相手の音を聴きながら演奏。
(2)演奏の音と映像は、LINE LIVEで本部に配信
(3)LINE LIVE画面を、本部にて2画面表示&音ミックスにして、Youtube配信チャンネルへ再配信

zoomは会話のキャッチボールに適合させたアプリのため、同時に声を出すと、誰か一人だけの音しか選択されず、タイムラグも生じるので、同時に演奏するアンサンブルには不向きです。そこでzoomは相手の音を聴くだけに使い、音は別の手法(LINE LIVE)で送ることで、タイムラグなく、双方の音をいい音で受信することができました。それを視聴者に届けるために再配信した所が、さらにポイントとなります。

このやり方では、長く複雑なアンサンブル、速いテンポの曲は難しいですし、力ずくかつアナログ的手法ですが、一歩前進だと思いました。

LINE LIVEでのアンサンブル配信の構成
  • この方法での配信:黒木雪音&古海行子
(E)リモートアンサンブル動画の制作と配信
クァルテット・ソレイユのリモートアンサンブル動画
ダブルリードとピアノの室内楽 動画

現在ブームとも言える「リモートアンサンブル動画」もたくさん制作されていましたね。

「リモートアンサンブル動画」の基本的な制作手法としては次の通りです。
(1)まず奏者のうちの1名が、ガイド演奏映像を自撮り。
(2)他の奏者は、ガイド演奏をイヤホン付けて聴きながら、自撮り 。 (自撮りした映像にガイド演奏の音が入らないように)
(3)すべての動画を集め、同期をとって編集

やってみると分かるのですが、ガイド演奏に合わせて弾かれたものなので、単に頭をあわせてヨーイどん!すればOKに思えるのですが、実際はそうは問屋が卸しません。演奏者は、ガイド演奏に合わせているつもりでも、どうしても解釈の違いや奏法のクセが出て、微妙にズレています。ステージ上ならリハーサル時にお互い会話しながらできるアンサンブルを仕上げることができない上、リアルなアンサンブルの時とは違う緊張感とノウハウがあるそうです。

リモートアンサンブルしやすい曲というのもありそうです。複雑なリズムや構造を持つ曲よりは、まずは一定テンポが続くによる有名曲が良いかと思われますが、逆にゆったりと歌わせる箇所は、奏者による解釈や奏法の違いによるズレが生じやすかった、というのも今回の気付きの一つでした。

そして、どこまで良いアンサンブルに見せるか?は、編集者が大きな役割を持ちます。単に曲の冒頭を合わせるだけでなく、部分、部分で細かく合わせ直ししなくてはなりません。さらに、音の仕上げも重要なポイントです。各奏者から送られてくる動画の音は基本的にモノラルです。これをステージ上で合奏しているかのようにステレオイメージの中に設置し、各奏者の音量や音質の差を調整し、リバーブを適切にかけて仕上げていきます。そこでは編集者の技量はもちろんですが、センスや音楽に対する愛情が大きくものを言います。

いくつものアングルを合わせたリモートアンサンブルもありましたね

赤×黒デュオ 魅惑のアンサンブル動画

赤松林太郎さん黒田亜樹さんによる「赤×黒デュオ 魅惑のアンサンブル」では、4つのアンサンブル動画を制作しました。ともに4台、計8台のカメラで撮影し、さらに音は別途録音しています(赤松さんはRODE NT4+ZOOM H4n、黒田さんはSONY HDR-MV1)それらを同期、ミックスし編集したものになります。

黒田さんが4台のカメラを同時に回して撮影し、赤松さんに送付 → それに合わせて赤松さんが4台のカメラ+レコーダーで収録 → それぞれのデータ(9つ)をいただき、私が編集するという流れでした。

本当にリモートアンサンブルなの?という仕上がりかと思いますが、これは黒田さんの熱い想いと音楽、そして黒田さんの音楽を熟知していながら、さらにそれを体内に取り込み自分の音楽と共に出力した赤松さん、お二人の演奏あってこそ、エキサイティングかつ深き祈りに満ちた動画を作ることができたわけです。

3日間のラストでは、ネットで公募した一般の方の動画と、小原孝さんの大規模なリモートアンサンブルになりましたね

小原孝「逢えてよかったね」合唱合奏(参加企画)動画

小原孝さんの名曲「逢えてよかったね」はピティナ創立50周年コンサートでもその大トリで歌われました。そこで、今回のイベントの大トリにもふさわしいと思い、これをリモートアンサンブル合唱でやってみることにしました。

参加者はネットで公募。募集期間が直前の3日間のみだったので、難しいかと思いましたが、結果的に17名の方から動画を送っていただきました。しかも驚いたのが、だけではなく、フルート、シンセサイザー、鍵盤ハーモニカ、サックス、バイオリン、オカリナ、マンドリン、そして手話!と実に多彩で、参加者の皆さんのアイディアが光っており、もうこの時点で感涙致しました。

そして、一人ずつピアノと同期させ、注意深くミックス&調整を行いました。17名でも、これだけの厚みを出すことができ、かつ色々な楽器ゆえの彩りを添えた、とても勇気の出る動画になったのではないでしょうか?それぞれのやり方で熱き想いを伝えようとされた参加者の皆様に本当に感謝の想いでいっぱいです。

  • この方法での配信:
    クァルテット・ソレイユ/ダブルリードとピアノの室内楽(浅原由香、皆神陽太、片山柊)/赤松林太郎&黒田亜樹/小原孝

最後に一言、お願いします。

初めての試みでしたので、失敗やミスも多々ありました。中でも、一度だけですが、配信がいったん止まってしまったのは、本当に申し訳なかったです。また一見順調そうに見えても、首の皮一枚で進行していたシーンは山ほどあります。今回は、初めての配信ということでご視聴の皆様のお許しいただいたところも多々あります。しかし、もし次回があるのなら、これらの失敗やミスを糧に、さらに良いものをお送りできることでしょう。

一緒にハードワークをしていただいたり、助けていただいたり、長時間お付き合いいただいたり、温かく見守っていただけた皆様すべてに感謝いたします。

今回制作した動画のいくつかをオリジナルクオリティでアップいたしました。こちらも改めてご覧ください

オリジナルクオリティのアーカイブ動画再生
「丸の内GWミュージックフェスティバル20202020」全公演のレポート
「丸の内GWミュージックフェスティバル20202020」番組表
ライブ配信の全アーカイブ

林 浩史(配信・編集担当)
クラシック音楽専門のビデオ撮影&制作を行っている「ビデオクラシックス」代表。
オーケストラからソロリサイタル、室内楽、合唱までのコンサートの収録とともに、コンクール応募用収録も多数。
ピティナでは、毎年、ピアノコンペティション特級(セミファイナル、ファイナル)、入賞者記念コンサートなどの演奏会、さらに課題曲説明会、音楽総合力UPワークショップをはじめとするe-ラーニング用セミナーの撮影&制作を、多数手がけている。
webサイト
本番終了後、飯田有抄さんによる撮影。
撮影時以外は常にマスク着用してました。

聞き手:二子千草