ピティナ調査・研究

音大生のキャリア形成

音大生のキャリア形成

 早いもので5月も下旬。これから夏に向けて、大学のオープンキャンパスへ足を運ばれる受験生の方も多いことと思います。
政府統計によると、平成27年度の4年制大学における音楽学部学生数は16,140名。音楽学部から毎年約4,000名の卒業生を輩出している計算になります。
音楽の専門家からマンツーマンでレッスンを受けることができ、意欲ある仲間たちと切磋琢磨しながら学ぶ日々。そこで培った経験は、卒業後のキャリア形成にどう役立つのでしょうか。

  • 1.ステーション代表者インタビュー①井口 愛弓先生「学業とピアノ指導の両立を振り返って」
  • 2.ステーション代表者インタビュー②福山 奈々先生「外の世界でも生かされた音楽経験」
  • 3.「音大卒の戦い方」出版記念シンポジウム開催レポート
  • 4.コラム~「べきである」から「かもしれない」の発想へ~自分を知ること、将来の可能性はそこから広がる

ステーション代表インタビュー

 まずは、音楽大学を卒業後現在は指導者・ステーション代表として活躍している2名の方にインタビューを行い、これまでのキャリア形成や音大でのかけがえのない経験についてお伺いしました。

井口 愛弓先生
Case1
井口 愛弓 いのくちあゆみ 先生

愛知県立芸術大学大学院在学時より地元金沢で指導者としての活動を始め、2015年、25歳で音の響かなざわステーション代表に就任。

学業とピアノ指導の両立を振り返って

 5歳でピアノと出会ってからずっと、私の夢はピアノ指導者になることでした。恩師は今でも変わらず私の憧れであり目標です。 大学は愛知県に進学しましたが、卒業後は金沢に戻り地元で後進の指導にあたりたいと考えていました。
大学在学中、ピティナのコンペ運営をお手伝いする機会がありました。その時に見た支部の先生方のお姿やお話が更なる刺激となり、音楽で子どもを育てる仕事の素晴らしさを肌で感じたことを覚えています。より質の高い教育を施すためには自分自身の演奏スキルをさらに磨かなければと思い、大学院への進学を決めました。ピアノソロだけでなく、室内楽などアンサンブルの経験も大切にしていました。
指導者になる夢を叶えるため、また社会人として自立するため、大学院在学中からピアノ教室を始動しました。ホームページやチラシ作成による生徒募集の他に、子ども広場やカフェなどに営業し、子ども向けコンサートを数多く開催。まずは、ピアニストとして、ピアノ指導者としての名前を知ってもらうことが目的でした。大学院2年の後期からは生活の中心を地元に置き、金沢から愛知へ週1回通学する生活スタイルとなりました。
大学院の修了式では、6年間の感謝の気持ちが溢れるとともに、今後は指導者として根を張り生きていこうと決意しました。
学業と仕事の両立は、私にとって良いことが多かったように思えます。時間の使い方を工夫すること、また教える立場になったことで、レッスンを受ける際にも今までと違ったものが見えてくるようになりました。
大学院を修了した直後には生徒が40名ほどになり、現在は70名を指導する日々。ホームページへのお問い合わせや口コミをきっかけとするご縁が多いです。
音大時代を思い返せば、なんて恵まれた環境にいたのだろう!と過去の自分が羨ましくなります。前日は眠れないほど緊張した実技試験も、毎週のレッスンや講義も、いつも練習室から聴こえてくる音も、卒業してしまえばありません。しかし、仕事をしながらでも気持ちさえあればピアノを学び続けることはできます。2015年はピアノと出会って20年という節目の年でしたが、2月には教室の第1回発表会、12月には初めてのリサイタルを実現させることができました。
指導者になってみて、ピアノの奥深さに改めて気付かされました。毎日新たな発見があり、子どもの成長を側で見守れることがとても幸せです。

大学院2年在学中のとある1週間のスケジュール
月曜日 始発で愛知に向かい、伴奏合わせ、レッスン付添など。修了論文の個人指導を受ける。大学の後は名古屋の楽器店などで教材を探す。時間が合えばセミナーなどを聴講。
火曜日 自分のレッスンや修了論文関連の講義、試演会や試験伴奏、図書館で調べ物など。「学生」として大学で過ごす1日。終電で金沢に戻る。
水曜日 自宅でレッスンの復習、論文の執筆など。比較的自分のために時間を使うことができる1日。
木曜日 生徒のレッスンを一番多くいれていた曜日。指導の他、依頼があれば子ども向けコンサートでの演奏など。
金曜日 生徒のレッスンや外部での演奏など。合間を縫って自身の勉強。
土曜日 生徒のレッスンや、伴奏の仕事の合わせ、本番など。
日曜日 自宅で練習や論文執筆など、次の大学での授業に向けた準備。
福山 奈々先生
Case2
福山 奈々 ふくやまなな 先生

東京音楽大学卒業後、日本航空の客室乗務員として勤務。在職中に、ピティナ・指導者検定(現・指導者ライセンス)を全級取得し、退職後ピアノ指導者の道へ。市川ソレイユステーション代表。

外の世界でも生かされた音楽経験
Biography
Biography

 大学在学中は会社勤めをするという選択肢が自分の中になく、卒業後1年間は在学中より始めていた指導と演奏の仕事をこなす日々。その生活の中で触れ合うのは生徒、保護者の方、演奏先のマネージャーと限定されていました。もっと多くの人とふれあって自身の視野を広げてみたい、という気持ちを抱き始めていた頃、新聞の求人欄で日本航空CAの募集を発見。未知の世界に飛び込む決意を固めました。
入社当初は休日を利用し続けていた指導も国際線CAとなってからは難しくなりお休みしましたが、ピアノから離れる気は全くありませんでした。指導者検定(現・指導者ライセンス)への挑戦や恩師の門下生演奏会への出演などは音楽と繋がる格好の機会で、ステイ先での空き時間は必死になって練習場所を探しました。しばしば訪れたニューヨークのスタインウェイ本社では、いつも「あなたの好きなピアノを好きなだけどうぞ!」と迎え入れていただきました。
また、ステイ先で立ち寄ったレストランなどでピアノを演奏すると、同僚にとても喜ばれました。優秀な人材が揃うCAの世界に何の訓練もなく飛び込んでしまったので萎縮することもありましたが、長年ひとつのことを極めてきたことに対し周囲からの信用をいただけたことも多かったように思います。ピアノと同じく、真面目にこつこつ取り組む姿勢を評価していただき、各客室の責任者やフライトインストラクターなど様々な責任ある職務を経験することができました。
退職後は、幼少期からお世話になっていた恩師が経営するピアノ教室から声をかけていただき、またカルチャースクール講師の仕事も決まっていましたので、いきなり週に60名の生徒をお預かりすることになりました。日本航空在職中も、年に数回休みをとってステップ運営のお手伝いをすることが教材研究のきっかけとなっていましたので、勤めていた15年の間に誕生した新しいメソッドなども積極的に取り入れていくことができました。現在は自身で教室を主宰していますが、生徒や保護者の方一人ひとりに寄り添う気持ち、またステーションでのチームワークにおいて全体を俯瞰的に見て動くというスキルは、CAとして勤務した経験によって培われたものだと感じています。
一度音楽から離れた世界に出てみることは、社会勉強になると同時にピアノへの愛情を再確認するきっかけとなりました。長い間積み重ねてきたものはそう簡単に消えてしまうことはないので、音楽への心を切らさない限り、その世界に戻るのは難しいことではありません。
ピアノで培ったものを社会で生かしながら若いうちに一度違う世界を見て刺激を受けることは何物にも代えがたい経験となり、いつか戻る音楽の世界で必ず生きてくると確信しています。


演奏家や指導者になるだけが全てではない?!音大生に秘められた可能性

 去る2月28日、ヤマハ銀座スタジオにて、『「音大卒」の戦い方』出版記念シンポジウムが開かれました。
著者の大内 孝夫氏は、武蔵野音楽大学就職課主任として、学生からの就職相談等にも応じています。シンポジウム当日は各業界からゲストをお招きし、音大出身者の可能性や強みについて熱いトークが繰り広げられました。

当日のレポートはこちら


「べきである」から「かもしれない」の発想へ  自分を知ること、将来の可能性はそこから広がる

 音大生をはじめとする「専門分野の学びを深めた人材」の魅力はどういったところにあるのでしょうか。世間は彼らをどう評価しているのでしょうか。現在キャリアコンサルタントとして活躍中の佐藤 隆久氏より、以前に出会ったとある美大出身の方のエピソードをもとにお話をお伺いしました。

 小さい頃から絵を描くことが好きで、将来はデザインの仕事に就きたいと、美術系の高校、大学へ進学した彼女は今、「商品企画」の仕事に就き、充実した毎日を過ごしています。
彼女は新卒でデザイン会社に就職し、念願のデザイナーとして、様々なデザインの仕事に携わる毎日を過ごしていました。しかし、2年が経った頃から、心が満たされていないことに気付き、転職を考え始めました。 私が転職相談の中で話を聴き進めると、実は、「絵を描くことが好き」という気持ちは、「自分が考え、作り上げたもので、人に喜んでもらうことが好き」というものであることが分かりました。本当の自分の気持ちに気付いた彼女は、それまで続けてきた絵を描く、デザインするという仕事ではない「商品を企画する」という仕事こそ、自分が本当にやりたいことだと考えるようになったのです。一方で、経験の無い職種への転職に対する不安もありました。
彼女が小さな頃から続けてきた絵を描く、デザインするという経験から身に付けたのは、絵を描く技術だけではありません。期日に必ず間に合うよう物事を進める、良い物を作り上げる為に絶対に妥協しない、感性を磨く為に色々な物に関心を持って触れてみる等、1つのことを続けてきたからこそ、身に付いたものはたくさんあります。彼女は、それらを自分の強みとし、商品企画職の選考に臨み、未経験ながら企業側にそれを認められ、見事にキャリアチェンジを果たしたのです。

 彼女のようなケースは、音大出身の方にも当てはまるのではないでしょうか。企業は、若い世代であれば、経験とは別の可能性を見極め評価します。「べきである」ではなく、「かもしれない」の発想で、自分が本当にやりたいこと、ずっと1つのことを続けてきた中で自分に身に付いていること、これらを見つめ直し、それを人に伝えることで、自分の新たな可能性を広げて欲しいと思っています。

佐藤 隆久 さとう たかひさ (ヴォケイション・コンサルティング株式会社 取締役)

日本プロフェッショナル・キャリア・カウンセラー協会認定/プロフェッショナル・キャリア・カウンセラー/キャリアコンサルタント/エグゼクティブ・コーチ

佐藤 隆久
ベンチャー企業での人事部長経験、30名強の女性のみが所属する企業の経営経験、組織コンサルティング会社でのコンサルタント経験を有し、通算15年に渡り、様々な業界の人材採用、人材育成、人材開発、組織活性に携わり、人材の 【採用・定着・成長】 を実現。 また、キャリアコンサルタントとして、20代の女性を中心とした転職希望者の天職探し~入社までを支援。

トピックス TOPへ