ピティナ調査・研究

ピティナ研究会員 多田純一著『日本人とショパン─洋楽導入期のピアノ音楽』発売

ピティナ研究会員 多田純一著
『日本人とショパン─洋楽導入期のピアノ音楽』発売

この度、ピティナ研究会員の多田純一氏(大阪芸術大学大学院助手)による著書『日本人とショパン─洋楽導入期のピアノ音楽』が発売されることになった(3月28日発売、アルテスパブリッシング)。

これまで、西洋音楽を学び始めた明治期の日本で、どのようにショパンの音楽が受け入れられ、どのような作品が誰によって演奏されてきたのか、また、どのような楽譜が使用されていたのか、ということについてはごくわずかにしか研究されてこなかった(代表的なものとして、Tamura, Susumu, 2003, 'The Reception of Chopin's Music in Japan' , in Irena Poniatowska (ed.), Chopin and his Work in The Context of Culture; Volume 2, Warsaw: Polska Akademia Chopinowska, Narodowy Instytut Fryderyka Chopina, Musica Iagellonica: 467-473. およびOshima, Kazumi, 2010, 'Chopin's Reception in Japan' in the web site of Towarzystwo im. Fryderyka Chopina.【⇒参照リンク】があるがいずれも英文)。本書では明治期に発行された雑誌や新聞、東京芸術大学附属図書館およびミッション系大学所蔵の楽譜などの一次資料を網羅的に調査し、研究された、最初のショパン受容に関する研究書である。2012年度大阪芸術大学大学院博士論文として提出されたものを加筆、訂正し、平成25年度塚本学院出版助成金を得て出版されるものである。

さまざまな角度からショパン受容が語られる本書において、ピアノ教師、ピアニスト、ピアノ学習者が必見であると思われるのは、「一体どの楽譜を使用すればよいのか、さっぱりわからない」と言われることの多いショパンの楽譜について、ひとつの回答が用意されていることである。著者は明治期に使用されたショパンの楽譜について調査し、考察しつつも、その前提として現在のエディション問題についても述べている。どのような時期からどのようなエディションが使用されたのか。それぞれのエディションが持つ特徴と問題点。どのような楽譜が理想的なのか。日本では2000年以降から『ナショナル・エディション』が大きな期待と信頼感を持って使用されはじめている。その大きな理由は国際ショパンピアノコンクールで推奨楽譜になっていることが大きい。しかしながら、その『ナショナル・エディション』でさえ、大きな問題を持つことが、すでに国際学会では指摘されていた。このことは多くの日本人に知られていない。本書では最新の研究成果を交え、これまで知らされてこなかった多くの事実を述べている点が特徴である(多田氏は2010年の時点で本会のホームページにて次のように述べている【⇒参照リンク】)。

また、巻末には《エチュード》op.10のパラダイム楽譜が掲載されている。どのヴァリアントを使用するのか、ということに悩むピアノ教師や学習者は多い。しかし、このパラダイム楽譜を見ることで、ショパンがいかに最終稿というものをあてにしていなかったか、何度書き直していたのか、何度修正していたのか、が一目瞭然である。自筆譜、筆写譜、初版(最初の第1版だけでなく、その後に後続版も含む)、弟子の楽譜への書き込み。これらのすべての資料を比較し、すべての違稿、すなわちヴァリアントについて、すべてを同列に考える、というパラダイム手法を用いた楽譜である。通常の原典版ではスルーされることの多い、些細な違いまで詳細に記載されている。このパラダイム楽譜はピティナ正会員である岡部玲子先生が2001年にお茶の水女子大学大学院に提出された博士論文にて用いられた手法を踏襲した楽譜である(『パラダイム手法によるショパン《バラード》全4曲のエディション研究』、2001、お茶の水女子大学。ピティナでは岡部先生による次の論文を読むことが可能である【⇒参照リンク】)

日本人はポーランド人が指摘するほどにショパン好きであると言われている。毎回のように他国に比べて多くの日本人ピアニストがショパンコンクールに参加し、多くの日本人がワルシャワを訪れる。しかし、ショパン作品を演奏する人が多いにも関わらず、ショパンを研究する日本人は少ない。昨年10月、岡部先生および多田氏、そして国立音楽大学の加藤一郎先生、ショパンの手稿譜ファクシミリの翻訳監修者である武田幸子先生で構成される日本ショパンシンポジウムによって、シンポジウム「理想的なショパンの楽譜とは?―21世紀の資料研究から見えるもの―」が日本音楽学会東日本支部例会にて行われた【⇒参照リンク】。

図1パラダイム楽譜 《エチュード》op.10 No.1 5-6小節
図2パラダイム楽譜 《エチュード》op.10 No.3 17-21小節
図3パラダイム楽譜 《エチュード》op.10 No.12 14-16小節

このシンポジウムでは、通常の例会参加者人数を大きく上回ったのみならず、参加者の約半数は日本音楽学会の会員ではない方々であった。ショパンの楽譜がいかに興味を持たれているかを明確に示していると言えるであろう。「遅れている」あるいは「研究しつくされた」と言われ続けてきたショパン研究は、地道な研究者によってひとつひとつのことが明らかにされているのである。
「理想的なショパンの楽譜とは」・・・そのひとつの答えを知りたい方には、是非手に取っていただきたい一冊である。