ピティナ調査・研究

2008年度グランプリツアー 特級グランプリ欧州演奏ツアー随行リポート

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<随行リポート>

ピティナ特級グランプリによる海外褒賞演奏ツアーがスタートして5年。2008年度グランプリ・佐藤圭奈さん(25歳)はこの2月、フランス(パリ)、イタリア(ボローニャ、ブドリオ)にてコンサートに出演した。その様子をリポートする。

2月2日 ドイツ留学中の佐藤圭奈さんは、電車と飛行機を乗り継ぎ、元気な足取りでパリに到着!翌3日、パリ・ヤマハでの練習を終え、午後はオペラ座からチュイルリー公園周辺を散策。パリの街並みを楽しんだ後、コルトーホールへ。やや緊張した面持ちも、ピアノの前に座ると一瞬で自分の世界に入る。

夜20時の開場と同時に、約400席のホールは一気に満席となった。芸術監督マリアン・リビツキ先生のユーモア溢れるスピーチに続いて、圭奈さんが登場。真紅のスリムなドレスが、清楚な外見と情熱的な内面を表しているかのようによく映える。この日のプログラム*は、バッハ=ブゾーニ:シャコンヌ、武満徹:雨の樹素描II-オリヴィエ・メシアンの追憶に、プロコフィエフ:ソナタ6番。(*同コンサートシリーズでは毎回、若手ピアニスト2人が出演)

1曲目、静まり返ったホールに荘重な3拍子のシャコンヌが鳴り響き、次第にブゾーニらしい外向きのエネルギーが増していく。物怖じしない堂々とした演奏で、早くも会場の空気をつかんだようだ。2曲目は一転して、静寂の世界へ。当初2曲目には別の曲を予定していたが、「日本人らしさを生かした選曲を」とリビツキ先生からのリクエストで武満に変更。さらに開演前に先生から「Rain Treeとは何か、なぜSketchなのか?この曲を弾く生徒は多いけれど、あなたはどう思いますか」と問いかけが。
「この曲は、『雨の木を聴く女たち』という本の中の「頭のいい雨の木」という大江健三郎の短編小説からインスピレーションを受けて作曲しています。途中で出てくる単音のフレーズは、水面に雨粒が落ちてできた輪が広がっていく様子を描写しているように思います」―その解釈通りに、圭奈さんは和音の響きの重なりを丁寧に聴きながら、澄んだ音で情景を描いていく。メシアンの追憶として作られたこの曲は、フランス人の感性にも合い、終演後に「Takemitsuは初めて聞いたけど、とても良かったわ!」との絶賛が多く寄せられた。最後はプロコフィエフで力強く締めくくり、拍手喝采を浴びた。「お客さんとの距離が近く、リアクションがよく分かったので、その度に次の曲へのモチベーションに繋げていました。集中力を高められる環境だったと思います」と初日を振り返る。

終演後、近くのレストランで打ち上げが行われ、主催者・ボランティアスタッフや、翌日ヤマハでマスタークラスを控えていたポポヴァ=ズィドロン先生(ラファウ・ブレハッチの恩師)、後半に出演したアヴァン・ユー氏(21歳・ベルリン芸大留学中)等も参加。21歳ながら紳士の風格を備えたユー氏とは、お互いの留学生活についてドイツ語で会話。こうした仲間との出会いは、今後ピアノの道を究めていく上で心強い支えとなっていくだろう。


2月4日は、空路イタリアへ。ボローニャは3年前ユネスコによって音楽都市に指定されており、市内にある音楽博物館は歴史的資料の宝庫である。ここにはモーツァルトに対位法を指導したマルティーニ神父の手紙や、モンテヴェルディ、ロッシーニ、ヴェルディ、レスピーギ等の手書き譜や肖像画、理論書、オペラ初版本、数字付エンハーモニックチェンバロ等の古楽器も展示されている(入場無料)。
この日は、芸術監督ジュゼッペ・ファウスト・モドゥーニョ先生宅で夕食をご馳走に。リゾットとほうれん草入りミートローフは、イタリア家庭の素朴な優しさに溢れていた。モドゥーニョ先生はご夫妻ともドイツ語が達者で、圭奈さんとはドイツ語でお話を。3歳になる可愛いジュリオ君の登場に、圭奈さんもすっかりリラックス。イタリアの空気に馴染んだようだ。

翌5日、コンサート会場のアカデミア・フィラルモニカ(Accademia Filarmonica)へ。ここは1660年に創立、1770年にはモーツァルトがわずか14歳で難関な入会試験に合格、名誉会員として迎えられている(史上最年少)。現在モーツァルトホール前には手書き譜が展示されている。

この日は、モーツァルトのソナタK.576、ショパンの幻想ポロネーズも含めたリサイタル・プログラム。圭奈さんは2007年ドイツで開催された若い音楽家のためのアマデウス賞ピアノコンクール(第3位)でモーツァルト特別賞を受賞しているが、モーツァルトの足跡が残るこの街にも大切にその想いを運んできた。粒立ちの良い音がホールに心地よく響き、モーツァルトへの愛情が伝わってくる。

そして、仏伊3都市での演奏会を通じて最も聴衆に印象づけたのは、プロコフィエフだろう。圭奈さんの打鍵の力強さ、構成力、和声感、内から湧き出す情熱が最も反映されていた。これは、ピアニストとしての成長を裏付ける1曲でもある。「プロコフィエフは数年前に楽譜を買ったのですが、当時はやりたくてもできなかったんです」と圭奈さんは振り返る。現在師事しているマッティ・ラエカリオ先生は、プロコフィエフのソナタ全曲録音の他、作曲家自身による録音研究にも力を入れているエキスパート。その先生から、自分の身体の大きさ、手や指の状態に合わせた自然な奏法を学び、テクニックや和声感、そして精神面においても、この曲を演奏するのにふさわしい状態にまで高められたようだ。

そして今回はさらに、プロコフィエフについて新しい視点を得ることになった。美術にも詳しいモドゥーニョ先生は、コンサート冒頭に「プロコフィエフが影響を受けた未来派(futurism)」についてスピーチ。未来派とは20世紀初頭の伝統的価値観の崩壊と近代工業社会の出現に際し、スピードや連続性、無機質さを象徴的に表現した、前衛的芸術思潮の一つである。主にイタリア・ロシア・英国で広まったが、その影響は美術・文学・音楽・建築にまで及び、プロコフィエフのいくつかの作品にもその特徴が見られる。

モドゥーニョ先生によれば、未来派の一人ボッチョーニ(Umbert Boccioni)の代表作が、ブゾーニの肖像画だそう。ブゾーニは15歳でアカデミア・フィラルモニカ会員になり、ボローニャ音楽院学長を務めた人でもある。今回圭奈さんがバッハ=ブゾーニとプロコフィエフを同時にプログラムに入れたのは、もしかしたら何らかの磁力が働いたのだろうか・・・?

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6日ボローニャ近郊ブドリオでの演奏会が無事終了し、翌日帰途へ。「(日本で演奏会出演後)ドイツへ戻ったらまず何をしたいですか?」の質問に、「ハノーヴァーにはあまりないけれど、美術館へ行きたいです。音楽以外の芸術分野まで視野を広げていきたいですね」と、柔らかい笑顔で答えてくれた。圭奈さんの目の前には、次に目指すステージが見えてきたようだ。

〔取材:菅野 恵理子

<佐藤圭奈さん感想>

それぞれの地へ向かう直前、様々な不安が過ぎりました。初めて降り立つ地で、出会ったことのない方々の前で、強い精神力を最後まで失わずに弾ききれるのか・・・。
 パリでの舞台は最初ということもあり、一番緊張しましたが、満員の聴衆の方々が、とても温かく良い雰囲気で迎えてくださったので、ほどよくリラックスをし、弾き始めることが出来ました。ボローニャでは曲間で聴衆の方々の表情をより近くで感じることができましたし、ブドリオの会場は、劇場の特徴的な構造上、少し傾いた舞台となっていて驚いたりと、それぞれの違った空気や環境に、プログラムの中で徐々に慣れたり味わいながらの演奏はすべてが新鮮でした。演奏会後、聴衆の方々が家路に向かう前にわざわざ足を止めて感想を詳しく伝えてくださったり、笑顔で声をかけ握手をしてくださったりと、人の温かさも感じることができて嬉しかったです。
 また、たくさんの方と出会い、お話をお聞きしたり、歴史ある建築物や街の雰囲気を見たり触れたりする中で、自分の未熟さを感じる場面が多くありました。どうしても演奏技術や表現の向上を最優先に考えてしまい、なかなか他の分野への興味を深く追求することが疎かになりがちですが、音楽を通じて繋がる無限大な世界のことをもっと知りたい、また知るべきことがまだまだ沢山あることを痛感しました。何事もバランスよく取り組むことは容易なことではないですが、今後ひとつでも多くのことを知り、理解を深め、そしてそれらを演奏にも反映させていけるよう、マイペースながらも取り組んでいきたいと思います。
 最後になりましたが、このような素晴しい機会を設けてくださった関係者の皆様、お世話になった方々に心より御礼申し上げます。ありがとうございました。

佐藤圭奈さんインタビュー | フランス・イタリア2人の芸術監督に聞く

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